ラビットフット

コリンス

俺には欲しいモノがある。 何かって? 金じゃ手に入らない代物だ。 愛?そんな眩しいもんじゃねぇ。 “死”だ。 小さい頃から、玩具じゃねぇ本物の銃を握らされ、文字の代わりに人殺しを教わった。 愛国心や、自国や自分の境遇を知らないまま、ただ敵を倒せと念を押し潰すように、大人達にそう釘を刺される。 全ては国の為に、だとよ。 嫌だった。争い事もそうだが、ただ、意味が微塵もない正義に振り回されるだけなのが。そして、自分自身に。 日に日に、嫌でも分かっていた、分からされた。敵を倒すたび、湧き立つ罪悪感が薄れていくのを。 正当防衛と言えば聞こえはいいだろうが、やったことはただの人殺し。誤魔化しても、言い聞かせても心が張り裂けそうになる。 その痛みも、いくら経っても終わらない戦争の日々も“自分が段々人間じゃなくなっていく”感覚の恐怖も、 終わらせたくて…。 死、が欲しいんだ。 俺がまだ、人として生きている間に。 他人の生命を奪っても何も感じない、あいつらと同じバケモノになっちまう間にどうか。 俺に死を、下さい…。 その頃から、俺は。クォード(死にたがり)と呼ばれるようになった。

雨が降っている…。 覚醒し出した微かな意識の中に、そう感じた。 雨粒が地面や自分に落ちる音が、頭の中に優しく響いてくるからだ。 だが、しばらくするとその優しさとは裏腹に急激な冷たさや耐えがたい激痛が襲ってきた。 「ううっ」 それによって、彼の意識は急激に目覚めた。苦しそうに呻き声を上げながら。 そしてゆっくりと上半身を起こし、左手で額を抑えながら辺りを見渡す。 そこは薄暗く何処かしくも荒れ果てた森の中。 所々、木々は途中から倒れており、枝や葉は焼け焦げたものばかり。湿った空気に混じって硝煙や血生臭い匂いが漂っている。 決してこの静かな森には相応しくない匂い、景色。 当然だろう。だってここら辺りはさっきまで、戦場…だったからな。 人間と、獣人の戦い。 争う理由は…分からない。 ただ、相手が先に仕掛けてきたから。 それも本当かどうかは分からない。分からないまま大人の言いなりにされ戦わされる。 …いや、そんなことよりも… 「…また、死ねなかった…」 彼は、喉が乾き切ったような低い声でそう呟いた。 自分はどうやら辛うじてまだ生きている。 傷口から痛みを感じるから。絶望があるから。足があるから。そして脱力するほどの強い空腹感。 憎むほど毛嫌いしてきた“生きている実感”が俺に纏わり付く。 彼は誰よりも武器や弾薬を持って前線へ突き進み、死に物狂いで大勢の敵と戦った。側から見れば自殺行為だが、彼は生きている。 何故か?それは分からない。 誰かが俺に生きろと言っているみたいに…では何のために?俺は…。 ……ただ、時間だけが無情に過ぎて行く。段々と雨脚がどんどん強くなっていき、 「っくしゅん!」 彼は大きなくしゃみを出した。 考えても、答えはいつも浮かばない。そう思って、彼は滲みる痛みを振り払って立ち上がる。拙い足取りで歩き出すと。 ガサガサッ …何かが草木を掻き分けてこちらに向かってくる。 野生動物だろうか?だったら丁度良い。さ、抵抗はしないから一思いにガブリと俺を喰ってくれ。味に保証しないが。 彼は地面に仰向けに寝転がり、空を見上げる。 天上の遥か向こうは、黒の絵具を雑に、隙間なく塗りたくったような夜の曇り空。 どっかの本に書いてあった月や星と呼ばれるものはこの空の何処にも見えない。せめて一目だけでも見てみたかったな…。 ガサガサッ! 音の主はますますこちらへと近づいてくる。 もう直ぐ全て終わるのだなと思うと、これまでの出来事を思い出してしまう。 悪魔のような大人達、昨日までいた友達、自分がこれまで倒してきたヒトの顔…。 これらが頭の中でぐるぐると駆け巡る。こう言うのを走馬灯と言うのだろうか。 生きていて、絶望しかなかった。明くる日も明くる日も。せめて、生まれ変われるのなら、贅沢は言わない。普通に人としての生を謳歌できれば…。 「ーーーッ‼︎‼︎」 突然、雷が落ちたような声と衝撃をともに、“なにか”が襲ってきた。と思ったら。 そこで意識がぷつりと切れた。

「やだよっ!どうして殺さなきゃいけないんだ⁉︎」 「そんなケダモノに情けをかける必要はない!其奴ら獣人は我々に仇なすモノなのだ。やらねば、苦しみ続けるのは君たち子供達なんだぞ!」 「でもっ!」 目の前には怯え、命乞いをしている兎の獣人。見るに耐えない程酷い怪我をしていて、その顔は僕と同じ心境のモノ。僕はそのヒト目掛けて銃口を向けている。 「さぁ!やれ!躊躇わずにっ‼︎」 「っ!」 震える人差し指を恐る恐る引き金にかける。 心臓の音が聞こえるほど、早く、大きく鳴っていて、息苦しい。手汗が滲んできて、気を抜いたら…撃ってしまいそう。 どうすれば良いかなんて、考えられない。そんな最中頭の中にある選択肢は撃つか撃たないか。 今直ぐにでも尻尾を巻いて逃げしたい、けど言う事聞かなかったら、どんな罰が待っているか、そんな自分勝手な思考も混じっていた。 撃てば自分が傷つくし、撃たなくとも傷付く。 …。 ……どっちが痛くないカナ。 「…っ‼︎」 指に力を込めると耳を貫くような音が響いて、とっさに目を瞑った。 そして、そのまま意識を失った。

「ハッ⁉︎」 「はぁ、はぁ。こ、ここは?」 覚醒と同時に身体中を突き抜けるような痛みの無い、それでいて錯覚ように思わせる感覚が身体中に伝わった。 脳より先に本能的に息を整える。それでも少しばかり苦しい。体が熱い。息を吸い込むたびに空気が乾き切った喉に追い討ちをかける。 だめだ、全然落ち着かない。 それより俺はどうなったんだ?死んだのか?それとも…。 と彼が慌てふためいていると、突然扉を開く音が聞こえた。 「ああ、よかった。気がついたんだね」 扉の蝶番が軋む音共に優しげな男性の声が聞こえてきて、そこへ白衣を着た、巨躯な狼の獣人が現れ、彼の寝ているベットの側まで歩いて、しゃがんだ。 「ああ“⁉︎じ、獣人⁉︎」 「ん?まぁそうだが“君も”獣人だろう?」 「はぁ?」 俺が、獣人?どう言う事だ? 自分の体をよく見てみる。手足や体に白い被毛に覆われていた。触ってみると本物のような、いや、そのものが体に生えていた。 違和感は他にもあった、頭の方に、手を伸ばしてみると柔らかい感触が二つあった。まるで兎のような耳が目では見えないがそこにあった。少し引っ張ってみると本当に神経に繋がっているようで、僅かばかり痛みが走った。 「…酷く混乱しているな。まぁ無理もないだろう。死んでもおかしくないような重症だったからな。 「こうして、一命を取り留めているのが奇跡…」 目の前のケダモノが何かぶつぶつ言っているがなにも聞こえない。 「なぁ!俺はどうなってんだ⁉︎」 狼獣人の肩を両手で掴み、激しく揺さぶった。腕に力を込めるたび、激痛が走るがそんな事気にせず、我武者羅に振りまくった。 その形相は鬼のもので彼の紅い目は上塗りする様に血走っている。 「お、落ち着いてくれ、君は…」 「これが落ち着いてられっかよ⁉︎俺はぁっ‼︎」 「むぅ…」 狼獣人は一頻り何か考えた後、彼の腕を強く掴みながら、彼の横たわるベットへさらに体を近づけ。 その勢いで彼を抱き寄せる。 「っ⁉︎」 彼は突然のことに驚き、抵抗を忘れたまま、狼獣人になすがままにされる。 「大丈夫だ。もう、大丈夫。君を傷つける者はもういない。だからどうか」 狼はゆっくりと読み聞かせるように安堵の言葉を紡いでいく。クセになりそうな、ハスキーボイスが彼の中へ染み込んでいき、落ち着きを取り戻していく。 「君は強いヒトだ。 言葉に出来ない程怖いことがあっても、こうして耐え抜いているのだから」 頭や背中も愛子をあやすようにさすりながら、彼を励ましていく。 「(あぁなんだろう。ただの気休めにしかならない言葉ばかりなのに、凄く落ち着く。それに、この…妙な感覚は…?)」 狼に肌で触れるたびに、感じたこともない不思議な感覚が俺に包み込む。それはふかふかの狼の被毛でも体温でもない。 そっと息を吸えば、狼の匂いがする。色々なものが混ざった、良いとは言えない匂いだが、嫌とは思えなかった。 顔を上げると、視界一杯に狼の大きい顔があった。間近で見ると人間とはカタチが異なるのだなと顕著に感じる。年齢は伺えないものの、今まで自分が出会った人たちとは表情も違くて、上手くは言えないが朝日のようなものだった。 そんな狼の薄くて透き通った緑色の瞳と目が合うと。 「…」 狼は微笑んで、左目をウィンクした。何故か気恥ずかしくなって、顔を狼の胸元に埋めた。 「良かったよ、君が生きていてくれて。 死んでしまったら、明日が得られないからね」 死んだら、明日が得られない?そうだ!俺は、 グゥ〜。 意識を遮るようにお腹の方から唸り声が響いてきた。鳴ったのは断じて自分ではない。 「おっと失敬。安心したらお腹すいちゃったよ。君も良かったら食べないかい?」 「は?えっと…」 「直ぐに出来るから、待っててくれ」 そう言って、狼はいそいそと部屋を出て行った。部屋の扉が閉まった音と同時に辺りは静かになった。 「はぁ、」 彼はため息を吐いて、ベットから立ち上がった。 気分を変えるのと、ここが何処だと確認するため、部屋をどことなくうろうろしてみる。当たり前だが足があるため、歩ける。特に痛みや自分が獣人になっている以外、異常もなく後遺症もない。 あの狼が治療を施してくれたのだろうか。 あの、朗らかな狼の顔…いや、思い出すのはよそう。 そう言えば喉が激しく乾いていたな。部屋を見渡すと、ベットの横にある小さな机の上に、一輪の黄色い花を生けた花瓶と一枚のトレイの上に、銀色の水差しとガラスのコップが置いてあった。 水差しを持ち上げ、コップに静かに注ぎ、一気にその水飲み干した。 冷たくて、清涼感のある味わいが乾いた喉を潤していく。 水自体、特に真新しくもないが、こんなに美味い水は初めてかもしれない。ついつい、二杯、三杯と続け様に飲んでいく。 四杯目も飲もうとした時、ふと水差しに映った自分の顔を見てみる。 ぼやけていてはっきりとは映らないが、そこにあるのは人間ではないモノの顔。 兎の獣人。それは紛れもない、自分自身。あの狼の言う通り、本当に獣人になっている。 黒くて小さい鼻に、薄茶色のヒゲ、長い耳、口元。 変わってないのは、この不幸を招くと言われた、自分の紅い目くらいだ。 …しかし、嫌に違和感を覚える…この兎の獣人の顔、見覚えが…。 と、そこへ。 「お〜い!ご飯、出来たぞ〜こっちへおいで〜!」 あの狼の呼び声が、扉の向こう側から聞こえる。一瞬びくりとして、持っていた水差しを落としそうになった。水差しを戻しながら一つ考える。 …食事か、ここは狼に甘えて食べた方がいいだろうか。 グゥゥ〜。 狼の声がした方から美味しそうな匂いがしてきて、それにつられて、彼の腹の虫が狼より大きな音で鳴った。 …取り敢えず、食って、それから考えるか。呑気なモノだが、今は空腹を満たすのが先決だ。彼は足早に部屋を出て行った。 部屋を抜けると、良い匂いが一層強まり、食欲をさらに掻き立てる。 「お、来たか、適当なとこに座っててくれ」 テーブルの上にはゆらゆらと湯気が立ったスープ、こんがりと黄金色に焼かれたパン。そして、シンプルかつ綺麗に盛り付けられている魚料理。 そのどれもが花の装飾が施された白色の器に盛られていた。 それだけではない、テーブルに掛けられている大きな布や食器までも彼にとっては見たこともないものばかりだった。 テーブル全体を子供のような眼差しで見ていると。 「どうだい?美味しそうだろう?本当は肉とか、精の付くものを食べさせてたかったんだけど、急なものでこれくらいしか…」 それでも彼にとってはご馳走にありつける気分だった。 「なぁ、これ…ホントに食ってもいいのか?」 「君が食べたいならね」 「あ…」 返しの意図が分からなかった。“食べたい”なら? もちろん食べたい。食べたいに決まっている。 「ふふ、良かったよ元気になってくれて」 「……」 彼は椅子に腰掛け、スプーンを手に取り、一番に気になっていた野菜のスープを掬い、口の中へと入れた。 「…うまい」 たったそれだけの一言。彼から自然と溢れた感想。 今まで食べてきたモノよりもずっと美味しい。ただの野菜が入った水が暖かいだけでこんなにも違うのか? 暖かいだけじゃない。入っている野菜も柔らかいし、美味しい。 一口分じゃ満足できず、彼は両手で器ごと持ち上げ、そのままガツガツと飲み干した。 「いい食べっぷりだねぇ。そんなに美味しかったかい?」 「んあ、まぁ…」 「嬉しいねぇ、おかわり要るかい?」 「え、ああ」 「じゃあ、お皿貸して」 俺は狼に空になった皿を渡した。狼は台所へ赴き、お玉で鍋の中のスープを掬い、器に装い、再び俺に渡してきた。 「そう言えば自己紹介がまだだったな 僕はパント=グリフフォード。パントと呼んでくれ。君は?」 「クォード。ラビットフット=クォード」 「クォードか…いい名前だ」 …。 「ん?どうしたんだい?」 クォード「いや、何でもない」 パントから器を受け取り、再び口にし始めようとした時。 コンコン 誰かが木を叩く音が聞こえた。寝室とは反対方向の扉から誰かがノックをしている。 「…」 パントは何故か急に顔を顰めながら、椅子から立ち上がった。 どうしたのか、尋ねたが、彼は何も答えず、ゆっくりと扉を開けた。 外は既に夜になっており、暗闇の中に淡い月明かりが扉の隙間から差し込んでくる。それを縫うように現れたのは、一人の人間だ。 身を軽い防具を着、腰に一振りの剣を携えていた。 「…こんな夜更けになんの御用でしょうか」 若干怒りを含んだ声で訪問者を凝視する。人間もそれを臆せず要件を述べる。 「本日の定期報告だ、何か変わったことや不審者は見かけたか?」 「いいえ、何も。さ、もう良いでしょう今は食事中なんです」 「チッ、相変わらずいけ好かねぇ。 …ん?オイ!そこの兎のお前!」 人間がこちらの存在に気づき、巨躯なパントには目も暮れず、ずかずかと家の中に入り込んできた。 「貴様、この村の者じゃないな。何者だ?」 人間の兵は俺の顔を近々と見つめる。事情は何か知らないが、勝手に入ってきた挙句、我が物顔でいると流石に腹が立つ。 「彼はただの旅人です。宿に困っていたとこを、私が一晩だけ泊めてあげているんです」 「ほう、今のこんなご時世、呑気に旅とはねぇ。まぁいいだろう、特に怪しい者でもなさそうだ」 「いいか?もし貴様らが我々に隠し事をしていたら、この程度の村、いつでも滅ぼせるのだからな」 「…ご心配なく。貴方達ニンゲン殿にはなんのやましい事もございません」 「ふん、それでいいのだ」 そう捨て台詞を吐き捨て、人間の兵は去って行った。 先程まで暖かった食卓も空気もすっかり冷めてしまった。 「全く、なんなんだあいつは」 「さ、さぁ、なんでしょうね。さて、食事の続きをしましょうか」 「……嘘、下手だな」 「すみません」 「怖いのか?」 「え?」 「あんな失礼な奴に畏まって、村を滅ぼすとか言って脅して。怖いのか」 「いえ、そんな事は…。 …はい、その通りかもしれません」 「別に、言葉の全てを信じているわけではありません。ただ、なんというか、その…」 「どうした?」 「い、いえ明日何処かで全てお話しします。ですので、今日はもう休みましょう」 「ああ、わかった」 結局それ以降は気まずい雰囲気のまま、お互い静かに食事を進めた。

「…」 横になって耳を澄ませると色々な音が聞こえて来る。虫、風、そして。 「…すう、すう、すう」 意外と、と言っちゃ本人に失礼だろうが、比較的穏やかないびきを立てて眠っている。 「よく眠れるな」 というものの今、俺がベットに、パントが床に毛布にくるまって寝ている。 本当は逆にしたいんだが、本人曰く俺の怪我を考慮してのことだ。 床は木製で一応寝られないこともないが、いかんせん寝るには硬くて眠りにくいはずなのだが…。 異国のことわざに[住めば都]というがあったが、パントがその状態なんだろうか。 「はぁ…」 俺はと言うと先ほどから少しも眠れない。パントが頑なに話さない事情が気になると言うのもあるが、彼の行動も分からなかった。 何故自分を助けてくれるのか。 治療もしてもらい、さらには馳走を振る舞ってもらって、こんなことを思うのはおかしいが。 俺とパントは当然だが初対面のはずだ。だったら俺を助ける義理も恩もないはずだ。 善意だけにしては、やけに過保護気味な気がするし…。 ………。 やはり、時間だけが無情に過ぎていく。 答えは、窓の向こうの闇の中なのだろうか。 明日、明日には彼が全て、話してくれるだろうか。 藁にもすがる思いで、俺は眠りについた。

「これまでの貴君の功績を讃え、◯◯◯伍長を、軍曹へと昇格する!」 目の前の男から鈍色のドックタグを渡して来る。世界一嬉しくないし、欲しくない贈り物。 受け取ると周りから拍手喝采が飛び交い、男も細やかに拍手をした。 そのドックタグには、もう忘れた俺の名前と、裏には俺の所属している隊の数字とラビットフットと書かれた文字が刻まれていた。 それは、俺の名誉呼称(コードネーム)。大きな武勲や活躍を多く立てた者に贈られる特別なモノ。 ラビットフット(兎の左脚)、その由来は、俺がどんなに負傷を負っても必ず生き残ると言うことから。 側から見ればすごいと言われるが、これは俺がここまで生き残れたのは単に運が良かっただけと言う皮肉でもある。 それを見返したくて、子供みたいに変にムキになって…。 ………? あぁ、そうか。俺、本当は…。

ん…なんだ?すごく、眩しい。 「…さい」 それに、鳥の、鳴き声?…と女性らしき声。 何処か懐かしくて、でも思い出せなくて…。 「起きなさい、◯◯◯」 水の中にいるような微睡んだ意識の中、そこにはぼやけたていて、顔も、全体も見えないが、確かに誰がそこにいる。 「っ⁉︎」 そこには、その人は…。 「母、さん…?」(誰だ?) もう、会えないと思っていたのに… (母さん?) 「起きた?全く、貴方っていくつになってもお寝坊さんなんだから」 「…もう十七なんだ。いい加減子供扱いはやめてくれ」 (なんなんだ、これは…?) 「そうね、貴方がちゃんと、朝起きれたらやめてあげる」 「しょうがないだろう、昨日前線から帰ってきたんだ。少しは労ってくれよ。それに、朝には弱いんだ」 (夢にしてはふざけている) 「ほら、まだまだ子供じゃない」 「はっはは、努力はするよ」 (それに、この…自分が自分じゃないような…) 「そういえば父さんは?もう、お城か?」 「…ねぇ、◯◯◯」 「ん?どうしたの母さん」 「◯◯◯は、これから先、どんなに辛いことがあっても、耐えて生ける?」 「え?急にどうしたの?」 (孤りは慣れている) 「貴方って、すぐ一人で解決しようとするし、他人を頼らないとこもあるから、母さん心配でね」 「戦争じゃ、そんなことは言ってられないよ」 (お前に俺の何がわかる) 「そうね、確かに。でもね、誰か一人で悩んでいるよりもみんなで問題を解決した方がいいと思うな」 「母さん?」 「そうすれば、貴方はきっと幸せになれる。いつの日か、必ず」 「え⁉︎母さん⁉︎」 (そんな日は…) 「さぁ、もう生きなさい」 (俺には、来る…のか?) そう言うと、体が急に宙に浮いたような感覚が来て、目の前の光景は霧のように、たが一瞬で光へと消えていった。 「起きてください。クォードさん、起きてください」 「パン…ト?」 再び目を開けて上を見ると、そこには見覚えのある大きな狼の獣人。 その体格に合った大きな手で、身体を揺すりながら起こしてくる。子供のように扱われるが、不思議と悪い気はしない。 「クォードさん、目が覚めましたか?もう朝ですよ」 「朝…」 朝に、それにゆったりとした気分で起きるのは、久しぶり…な気がする。 ベットから体を起こし、両手を挙げて伸びをする。 「起きましたね。クォードさん、早速ですが少し、私と来て欲しいところがあります」 「…急だな、それで、内容は」 「そこで昨日のことで話の続き…と言っておきましょうか」 「あいつらの事か。…なあ、今ここで話さないのは何故だ?あいつらに聞かれたら困ることでもあるのか?」 「まぁ、そうなります」 「つくづく臆病だな、直接ここで言おうがコソコソしようが同じことじゃないのか?」 「…保険というのは掛けた分だけ安全なんです。まぁどっちにしろ、私は臆病なのは変わりありませんがね」 「……」 パントの表情を見る限り、どうやら思っている以上に深刻な事情を抱えていそうだった。これ以上、聞くのは昨日のあいつくらい失礼だろうな。 「分かった。取り敢えず案内を頼む」 「ええ。その前に、支度を済ませましょうか。いつまでも寝巻きのままではいられませんからね」 「あ…」 不覚にもそのままの格好で出ようとしてしまった。嫌な癖が出てしまった。 それから各自支度をし、まずは着替えようとするが 「俺に合う服がないんだが…」 パントが持っている服はどれもサイズが彼のように大きいため、対して俺はそれほど…いや、小さくはないが合わないのは事実だ。 「ふむ、困りましたね」 「なあ、俺が着ていた服はどうしたんだ?」 「あぁ、クォードさんの服、洗濯して干したままでした…多分まだ乾いてないかと」 「じゃあ、もうそれでいい」 「いいわけありません!…っとこれならなんとか着れそうじゃないですか?」 パントは箪笥から、一着の衣服一式を取り出した。…見たことも触ったこともない素材や色柄で作られた服、一体これはどう表現したらいいか正直分からない。多分獣人の一般的な服だと思うのだが…。元?人間の俺からみたら奇抜な物だ。 だが、袖を通せば案外良い物で、着心地も良いし、サイズもなんとかピッタリ合ったようだ。…所々に少しばかり灰色の毛がついてはいるが…。 「よかった、なんとか合って良かったです♪それに、結構似合いますよ」 えっと、そうだろうか。確かに着心地は良いが。 「あと、はい、これも」 渡されたのは、以外な物…一丁の猟銃と数個の鉛玉、サバイバルナイフ。 「どういうことだ」 「これから猪狩りに行くんですよ。(これも、作戦のうちです)」 「ああ、そういう事か」 「さぁ、支度も終わりましたし、早速行きましょうか(なるべく、武器は隠してくださいね)」 「(お前は無いのか?)」 「(得物はこれです)」 手袋を脱いで得意げに見せたのは、薄い金属板を拳の形に組み合わせた拳具という武器だ。獣人の中でも爪が鋭い、丁度パントのような狼などの種族は好んで使う武器だとか。それにより、殴打によるダメージだけでなく爪による斬撃ダメージも与えられる寸法だとか。 「(狩人らしく無いな)」 「(性分なので。あ、でもちゃんとした狩の知識はありますよ)」 あとは、食料と膏薬と飲料水、備えあればなんとやらだ。それらを鞄に詰め込み、部屋を後にする。

森林閑村ガディア: 外へ出ると、爽やかな空気が鼻や肌を刺激する。周囲を森に囲まれたのどかなこの村はその空気とは真逆に、雰囲気は張り詰めていた。獣人種の村民の他に昨日とやつと同じ格好をした人間の兵がまるで村の住人を監視するように立っていた。 「さ、こちらです」 パントに案内されるまま、村の出口へ歩いていく。 出口らしきゲートまで行くと、そこには。 「おい、貴様ら何をしている、勝手な行動は禁止と言ったのを忘れたのか」 まさしく昨日のあいつだ、あの顔、忘れもしない。奴は一人だけでなく辺りには数人ほど部下がいた。どうやら奴はそれなりに偉い立場らしい。ますます、ムカつく。 「いえ、これから、あなた達に振る舞う猪を狩に行くんですよ」 「ほう、それは残勝なことだな。期待しないで待っているぞ、はっはっは!」 して、狼のお前は良いんだが、兎は何の用だ?まだ当てもない、旅を続ける気か?」 「…別に、ただこのヒトに借りを返すためだ」 「ふむ、獣人にしては良い心構えだ。是非、うちの隊のお茶汲みに雇いたいな!」 「…」 正直、堪忍袋の尾が切れそうだった。自分も含めて、恩人が馬鹿にされているのを黙って聞き流すほど、腐ってはいないつもりだ。 「冗談だ、貴様ら獣人なぞ、毛先も入れたくないわい」 「それより、もう行ってもよろしいでしょうか」 「おう、そうだったな。では行っても良いぞ」 奴が手を叩くと、村の出口を塞ぐように立っていた部下が、数歩退いた。 「1時間だ、1時間以内に戻らなかったら、我々との約束を破ったとみなすぞ」 「ええ、肝に銘じています 「…」 最後に睨みながら森の中へと進んでいった。

程なくして、村の出口の外れで… 「全く、獣人はどうにもいけ好かん! 大体お前らが先に我々、人間に戦争を仕掛けてきたんのだから、こんな扱いを受ける資格は無いのだぁ!」 「トニー隊長。御言葉ですが、あまりそのような発言は控えた方が…」 「ええい黙れ、黙れ!ああ、ベルトス様、私はいつになったら出世出来るんでしょうか」 「それはお前が能無しだからだ」 「なんだと⁉︎誰だ!今私の侮辱することを言ったやつ…は……っ⁉︎」 「捜索は難航しているようだな?第Ⅲ番隊隊長オルファニー=トニー殿」 「あああ、あな、あなっ、貴方様は…!」 突然、トニーの背後に、彼らとは体格も武装も纏う気迫も桁違いの一人の男が現れた。 すると、トニーも含めた数人が一斉に男の前で地に頭を垂れた。 「べ、ベルトス様、来ていらしていたんですね」 「挨拶は良い。一体いつまで大事な戦力を削いで遊んでおられるのかと聞いているんだ、トニー殿」 「は、はぁ、ここの住人も我々も総出で捜索しておりますが…」 「なのにこの有様だ、二人の脱走兵をを探すのになんの吉報もないまま早一ヵ月。一体どれだけ私の顔に泥を塗れば気が済むんだ?」 「申し訳ございません‼︎ですが、たったそれだけの奴らを探すのにベルトス様は何故それほどまで必死になっているんですかい?」 そう質問した途端、ベルトスという男が発する気迫がさらに強くなる。その表情は修羅すら生温くて、辺りの草原は強風に煽られるように揺れている。 「貴様、今たったと言ったな?」 「へ?」 「私が課す任務がたっただと?貴様は私が課す任務が木偶の棒でもこなせる程度にちっぽけなモノだとだと思って、今まで私や父上に忠誠を誓ったのかっ!貴様ぁ‼︎」 ベルトスはトニーの首根っこを右手だけで持ち上げた。トニーはベルトスの腕を両手で抑えるが、ベルトスの掛ける腕は少しも弱まるどころか、むしろ握り潰さんとするような恐ろしい怪力だった。 「ひ、ひぇ〜‼︎」 「お前はいつもそうだったよな?私がちょっと下手に出りゃぁ、犬みたいに尻尾振って利口振りやがって、くだらんことを褒めれば調子に乗る。そんなにヒトを弄ぶのが好きなのかい?ええっ⁉︎」 「お、おゆるじぐだざいぃぃ、」 ベルトスが怒りを露わにするたび、トニーの顔は青ざめていく。 「その愚行、その振る舞い、そしてこの不甲斐なさ。万死に値する」 「……?」 ベルトスは何かを感じて、一つ、不気味に笑った。

「そっちへ行きました!」 茂みの向こう側から、パントの呼び声が聞こえてくる。それと同じくして、怪我を負った猪がこちらへ突進してくる。 冷静に銃に弾薬を装填し、猪目掛けて、銃口を向ける。 「…」 狙いを定め、引き金に指をかける。 放った弾丸は見事、猪の眉間に命中した。猪はその場でばたりと倒れ、一頻り藻搔いて、程なくして絶命してしまった。殺し合いに慣れてはいるが目の前の生命がたった数刻で失ったのだと感じることは未だ慣れない。 「クォードさん!」 上からパントの声がして上を見上げると、木の上からこちらへと勢いよく飛び込み、しゅたっと綺麗に着地した。 先程、拝見したパントの戦い振りや身のこなしも、あの巨躯な体からは想像もできない。 実際自分も獣人になったからなのか、前…よりかは身体能力が上がったのを実感できる。 「やりますね!、百発百中だ」 「ふう…。あんた程じゃない…どうして銃を持たせた?」 「ほら、ウサギって聴力や器用さに優れていると聞いたもので」 「…」 「はは、すいません。もう、隠す必要はないですよね」 「わざわざ、こんな回りくどいことをしたんだ。全部話してくれんとな」 「はい、話します クォードさんは10年前から始まったことを覚えていますか?」 「戦争が始まった年だろう?」 「はい、大陸の西にある、エルガルド王国の獣人達と、東にある、アルティナ帝国の人間達との戦争です」 最初は獣人側が有利だったのですが、7年前、劣勢だった人間側が急に押し返してきて、たった3年で戦況を逆転しました。 ここら辺りも、すでに帝国の領域です」 「それであの村の惨状か。だが帝国とお前達はなんの恨みもないだろう」 「はい、本来帝国側に何の害も利益もない、我々がどうしてあのような扱いを受けているかですが…」 「彼らが来たのは、つい一ヵ月前」 「人を探しているとかで、情報を求めてこの村を訪れたのですが、何も成果もないまま、2週間が過ぎた頃、私たちが隠匿しているとか言いがかりを付け始めました」 「最低だな……実際は白なんだろう?」 「ええ、始めはなんとか弁明はしましたが逆効果でして、結果反逆行為とみなされ、私たちも手伝う代わりに見逃すと言いました。そして、この事を他言無用と釘を刺され、話せずにいました」 「聞けば聞くほど、酷い連中だな。だが、あんたほどの腕があれば大勢はともかく、あの大将をなんとか出来たんじゃないのか?」 「とんでもありません、もし私が“今の”人間相手に勝てるのなら戦争なんてとっくに終わってます」 「どういう事だ?」 そう、聞きかけた時、東の方角から鐘の音のような音が鳴り響いてきた。何か本能的に危機を知らせるような音が! 「この鐘は⁉︎」 「これは集合の鐘です!村で何かあったのか⁉︎」 「話の続きはまた今度か⁉︎」 せっかく得た獲物を気にも留めず、俺たちは村の方へと走っていった。 この時、何かは分からなかったが、とんでもない存在を頭の片隅で感じ取った。それでも俺は、何か使命感を背負って走っていた。

村へ着くと、広場の方で人だかりができていた。幸いどこも、荒れていたり、誰かが怪我をしていたりはしていないようだった。 そして、村の人々の見る方向には、そこには…。 「ガディアの村の住民の皆様、此度はお集まりいただき、ありがとうございます。皆様にはこれまでの我々の無礼に対するお詫びと謝罪、そしてお礼を言い渡したい。 申し遅れました、私はレオンテイル=ベルトスと申します。アルティナ帝国の第一皇子です」 「「なに⁉︎ 何ですって!」」 っ⁉︎ 今、アイツはなんと言った?あの大男は 「この度は私の部下の不手際により、村民の皆様には大変迷惑をかけたかと存じます。アルティナ帝国、ひいては我が父、 レオンテイル=グランドを代表して謝罪を申し上げます。今は言葉を並べるだけですが、この戦争が終わり次第、村民の皆様には微力乍戦後の復興の後押しをしたいと思っております。私の言葉が信ずるに値しないと思っているならば、石をぶつけるなり、罵倒を浴びせるなりとされても、私はなんとも思いません。責められるべきは、私の不甲斐なさが招いた事なのですから」 大男、もといベルトスの演説が一区切りつくと、獣人達にどよめきが走る。そして、その騒動が気のせいだと錯覚できる、さっきから感じたとんでもない存在の正体が…。 あの大男だと。 “僕”はソコへと人混みを掻き分けて歩んで行った。 「っ⁉︎クォードさん、何を」 村の人たちと男の間に来れば、ベルトスもこちらへ気付き、歩いてくる。 「君、どうしたのかい?」 そばへ来れば自ずと、そいつが放つ、覇気が強くなり、心臓が直接掴まれたような、寒気が襲ってくる。顔こそ笑ってはいるが、だがそれしきの事では怯まない。 そして、聞いた。 「俺を憶えているか?」 ベルトスへ、持っていた猟銃を額に突き付けながら。 「おっと、なかなか手厳しいな」 「…」 すぐさま、周りの衛兵やパントが止めにかかるが、 「いや、いい止めるな。この子は私をからかっているんだ」 止める。そして、こいつは笑っている。俺が撃てないのを分かっているかのように。実際、弾倉には猪に撃ったきり装填していないから空だ。こいつには… 「クォード、さん!いきなりどうしたんですか!こんな事して!」 止めずに割り込んできたパントに腕を強く掴まれ、拘束させられる。 「いいや構わないさ、君たちは一歩間違えたら死ぬ思いをしながら怯えて暮らしていたのだろう?」 「それは…」 「君たちの傷を償うならば、この命、差し出せるさ」 「ベルトス殿…」 「…ちっ」 「さて、ガディアの獣人達よ!世話をかけたな!我々は早急に支度をし、日が沈まぬうちこの地をを去る!もう二度と皆様方を脅威に晒さないと約束する!」 そうして、周りにいた獣人も人間の兵も蜘蛛の子を散らすように去っていった。 しばらくして、あれだけいた広場にはクォードとパントの二人が残っていた。

数日後…。 その間のガディア村は平和だった。まだ、この世界は人間と獣人の戦争は続いているが、ここだけはあの、忌々しい戦火を忘れるような静けさだった。 あれから、人間達もやってこなかった。俺があの時した行為が原因で仕返しをされるのではと恐れていたが、杞憂のようだった。 だが、その代わり、俺はこの村に居られなくなった。元々この村はあまり他所者を受け入れない場所らしく、長くはいられないだろうと。でも怪我が治るまではここに居ていいと言ってくれた。獣人というのは案外、人間とあまり変わらない人達ではないかと、この数日間で思わされる。 呼吸をして、食事をして、道具を作って、知恵を使い、働き、よく寝る。 笑い、泣き、怒り、悲しむ。 違うのは見た目だけ。 「どうしても行くのですね」 「ああ、今まで世話になったな」 「これからどこに行くんですか?」 「戦争を止めに行く、と言ったら?」 「…貴方のことですから嘘や冗談なんかじゃないと思っています。ですが貴方の口ぶりやあの時のことからして…。貴方は戦争を止める術を知っているのでしょう?」 「…」 「だったら、私も!勝手なお願いですが私も連れていってくれませんか?」 「お前のようなお人好しじゃ真っ先に死ぬだろうな」 「…私、決めたんです。止まったままじゃダメなのだと、自分から動いてこそ、始めて自分が変われるのです」 「なんだそれは」 「と、私なりの決意なんです。これではダメですか?」 「俺も、あんたと一緒にいて一人より、二人の方が物事が上手く行くと知ったさ。だから…その…。 死にたきゃ着いてこいよ」 「相変わらず、素直じゃないんですね」 「うっさい」

こうして、二人は旅に出た。10年続く戦争を終わらせるために。まだ、世界の「せ」の字も人類の理も知らない二人が。 お互いの覚悟を聞いて足取りが軽い二人であったが。 この旅路の道中で、大きな壁が立ちはだかる事を、一人のヒトの計り知れない野心も、二人はまだ…知らない。

To be continued…? 35枚