夜の蝶の裏の顔

Ring_chatot

「皆さま、今日はお疲れ様です! また明日からもよろしくお願いします」  きっちりとしたスーツに身を包んだ男性キャストが、女性キャスト達へ深々と頭を下げる。女性キャストもお疲れさまーと会釈をしながら、バックヤードへとなだれ込んだ。  ここはとあるキャバレークラブのバックヤード。営業が終わると、夜の蝶達による戦果報告が行われるのが毎日の日課であった。 「はー……男ってちょろいわぁ。先輩の言う通りだったわぁ」  きらびやかな衣装を丁寧にハンガーへと吊り下げながらそう語るのは、まだ入店して一ヶ月の犬獣人、源氏名はコリー。優しそうな顔立ちと、もっふもふの毛皮で男たちの人気を得る期待の新人だ。 「今まで笑顔の練習してても、なんだか受けが悪かったなーって思ってたけれど、練習するのは笑顔じゃなくって尻尾だったなんて、目からうろこですよ」 「でしょ? 男なんて嬉しそうに尻尾振っておけば、大抵は喜ばれてると勘違いして気分が良くなるって」  先輩というのは、入店して五年のベテラン、冬になるともっふもふの毛皮がたまらない犬獣人、源氏名はハス。彼女はコリーに、『プレゼントをもらったときは、適当に「こんなの貰っちゃっていいんですか?」とか言いながら尻尾を振っておけ』と指導したのだが、今日早速その成果が表れたようだ。  尻尾なんて、子供ならまだしも大人になったら感情に左右されずに自分の意思で振ることも動きを止めることもできる。そのため、お客様と会えた時、お客様からプレゼントをもらったとき、お客様が高い酒を頼んでくれた時。そういう時に尻尾を振っていると、『無邪気に喜んでくれているんだ、可愛い!』と、男は勘違いしてくれるのだ。 「あー、ちょっといいですかね? なんだか、犬は喜ぶと尻尾を振るっていうのが有名なんですけれど、猫はその……どうすれば喜んでいるのかって、あんまりわかっていないお客様が多いんですよねー……」  そう自信なさげに口にするのは、入店してから二週間の猫獣人の新人、源氏名はアメ。灰色と黒の縞模様のショートヘアが特徴の、艶やかな毛並みで、早くも二人のリピーターがついた期待の新人だ。 「あぁ、あれね。指名されずにお客様に付けられたときとか。異種族のお客様に付けられるとそういうこと良くあるわ」  入店して一〇ヶ月ほど経ち、すっかり仕事にも慣れた、同じく長い体毛と大柄な体が特徴な猫獣人、メイという源氏名の彼女はそう言って微笑む。  そう、人気の嬢になれば指名がつくのだが、そういう場合は嬢に気に入られたいために、大抵のお客様は嬢の種族のことをよく調べるか、もしくは同じ種族であることが多い。しかし、初めて店に来たお客様が嬢を指名しなかった場合、お客様とは異種族の嬢が応対をすることになってしまうことも珍しいことではない。  そんな時、他種族に関しては詳しくないお客様だと、どんな仕草が嬉しい仕草なのか、わかってもらえないことが多いのだ。犬は尻尾を振るというのが有名すぎて、他の種族を知らないものが多すぎる。 「まったく、異種族だから喜んだ時の仕草がわからないとか、そんなんだから女にモテずにこんなお店に来るのよって話だけれど……でも、当然のことながら、そういう態度はおくびにも出しちゃダメよ?」 「あはは、そりゃ、そんなこと毎分一回くらいは思っていますけれど、口にも態度にも出さずに頑張ってますよ」 「よろしい。お客様の中には得意げにいろんなことを語るのが好きなタイプもいれば、女の子にいろいろと教えてほしいタイプもいるから。自分の尻尾とか表情とかを見ているお客様がいたら……『あら、お客様。猫と話すのは初めて? 猫のこと、いろいろと教えてあげましょうか?』って感じで自分の種族との違いを話すことで、お客様とのコミュニケーションをとっていけばいいのよ」  メイがメイクを落としながら怪しい笑みで語っていると、アメは目を輝かせていた。 「なるほど……勉強になります、先輩!」  アメは先輩からのアドバイスに力強く頷いた。 「でも、気をつけなさいよ。そうやって勉強させすぎると、客はマタタビを頼んで酔わせようとしてくるから」 「うえぇぇ……男の前でマタタビなんて嗅ぎたくないですよぉ」 「でも、男は嗅がせたいのよ」  客にマタタビを頼まれて嗅がされると言われ、露骨に嫌な顔をするアメであったが、メイはどこか達観した様子でそう言った。 「ま、いいじゃない? 一万で買えるお酒を四万とか五万で当たり前のように売るこのお店だけれど、マタタビだけは五百で買えるものを一万で売っているから、実はぼったくり率はかなり高いのよ? 効果時間は短いし、そんなものにお金払ってくれるんだから感謝しなきゃ」 「う……そう言われるとなんか嬉しい気がしてきました」 「ちょっとなまめかしい恰好でウニャウニャしちゃうのも、お金をもらってると思って我慢しましょ」  メイはそう言って、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。マタタビに弱い他のネコ科の嬢も同じらしく、チーターの女性も納得した様子で頷いていた。

「猫も犬も、苦労してるんやなぁ。まぁ、うちらも苦労してるんやけれど」  そんなことを言うのは、ウサギ獣人、源氏名はドワ。大きな耳と丸っこい灰色の体が癒し系だと言われ、その微妙に怪しい方言も愛嬌があるからと、リピーターも多い嬢である。 「うちもなぁ、メイと同じように、ウサギのことを知らないお客さんに、ウサギのことを教えてはるんやけれど、避けて通れんのがウサギは淫乱ってイメージでなぁ。お客さんも慣れてきはってウチが思わせぶりな態度をとると、すぐに『ヤレそう』って思うてはるんかなぁ? ウチを落とそうとして必死でプレゼント送ってくるのよ。  そんで、『うち、あんたのこと好きになっちゃうかも』とか『お店の外で出会ってたらな……』とか、思わせぶりなことを言っておけば、プレゼントをぎょうさん貢いでくれはる……のはええんやけれど……見てぇ、コレ!」  ドワは自分のスマートフォンに刻まれたメッセージのやり取りを仲間にさらす。 『ねぇ、お店の外で会えないかな、ドワちゃん。お店の外で会えるなら、僕もっとたくさんのプレゼントあげちゃうよ?』  『お店で出会ったお客様とお店の外で会うのは禁止なんですわー。えろうすまんのぅ』 『えー、でも黙ってればバレなくない?』  『バレなければ大丈夫なんて気持ちじゃダメなんどす。雇ってくれる店長にも、他のお客様にも悪いやろ?』 『そんなこと言わずにさぁ。だって、お店の外ではドワちゃんどんな顔をするのかなって思ってさ。お店の中では見せられないような表情とかしぐさとか、そういうのしてほしいなって』  『ウチ、お店の外ではいつもけったいな恰好しとるんよ、そんなのお客様には見せられへんわぁ。私服もダサいしなぁ』 『ダサくてもいいよ。っていうか、ドワちゃんのプライベートな表情みてみたい』  ドワが提示したメッセージアプリの履歴は見ているだけで頭が痛くなるような文章の羅列であった。さらにこの下は見るに堪えないような下品な文章がズラリ並んでいる。 「ウサギが性欲強いからって、簡単にヤレると思ってんじゃねーぞ男ども……」  方言を捨てた本性が垣間見える恨みがましい口調でドワが愚痴る。 「うち、確かに性欲は強いほうやけれど、心に決めた男もいてはりますから、どんなに貢がれてもお客さんになびくことはあらへんのになぁ……人の夢とは儚いもんやなぁ」  今日も数十万はするブランド品を貢がれたドワは、『それだけのお金を積まれても彼女になることもなければ、ホテルに行くこともないのに』……と、欲望にまみれた男たちから送られ、質屋へ流される貢物を憐れむのであった。 「しかしあれよね、そうやって高いものをくれるお客様はまだいいほうよね」  そう口にするのは、トナカイの獣人、源氏名はレイ。角が生える冬の時期は、出勤前に男性スタッフに丁寧に時間をかけて角を磨いてもらっており、その角の美しさで鹿系の男たちからは魅力的に映るそうだ。鹿系の種族の中には女性には角が生えない種も多いことから、同種のトナカイでもない限りは角のある女性は違和感がある光景のはず……なのだが、角のある女性を魅力的に思うの一種の特殊性癖なのだろうか。ともかく、彼女もそういう面で客を獲得している、入店から一年半の中堅だ。角があるため、冬服か初夏までは店の衣装も含めてすべて前ボタン式か、上着もズボンのように下から着る必要があるのだ。 「あー、いるいる。空気読めないプレゼントする奴とか。レイも何かプレゼントされたの? 私なんて高級な人参プレゼントされたのよね……店で買え! 外で買ったものをもらっても給料にならねーし、太るし」 「わかる。花とかも困る。金にならないのに処分に困る」  ドワ、メイはお互い頷きあう。そんな二人にレイは無言でスマートフォンのメッセージをさらす。  『レイちゃん、僕の角が取れちゃったんだけれど、もし君の角が取れたら好感しない?』 『わー、嬉しいです。でも、私の角ってみんな欲しがるんですよねー……だから、一番高いお酒を頼んでくれた人、二人までにあげようかなって』  『そんなのダメだよ。等価交換のほうがいいでしょ? 僕の角のほうがお酒よりも価値に見合ってるって』  その文章と、抜け落ちた角の写真を見せられ、他の嬢たちは異口同音に言うのであった。 「ウザッ!!」  いいから高い酒でも買えよ! とか、誤字がそのままとか、それらすべてをひっくるめて気持ち悪い。  そんな世間話をしている間に着替えや化粧落としも終わり、狡猾な夜の蝶達はプライベートへと戻っていく。早い者はまた明日、他にやることがあるものはまたいつか、男たちの欲望を刺激して対価を得るべく働くのであった。

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