帰郷

犬村ゼン

帰郷

3年ぶりに地元の駅に着くと、懐かしい風景とともに後悔を感じた。 高校卒業後地元を離れて都会の企業に就職はしたものの、いわゆる営業ノルマや人間関係その他諸々上手く行かなくて、こうしてノコノコと地元に帰ってきた訳だ。 最寄り駅から実家まではバスで1時間ほどかかるが、バスは行ってしまったばかりで次のバスまであと2時間ほどかかる。 「さて、どうしたものか・・・。」 「お~い!」 聞き覚えのある声に僕は振り返る。 そこには、高校の制服から作業着に変わった幼馴染の君がいた。 どうやら、僕の母親に迎えに行って欲しいと頼まれたようだ。 いつの間に免許をとったんだろう? 車のトランクに荷物を入れ車の助手席に座る。 僕の家へと向かう車中で話始めたのは君からだった。 「いや~、お前急に帰ってくるっていうからビックリしちゃったよ。でも、3年前から姿もにおいも変わってなくて安心した。」 「へっ?におい?僕そんなににおうの?」 「変なにおいじゃねぇよ。やっぱ犬獣人だからさ、一緒にいる相手のにおいって自然と覚えちまうわけだよ。都会に行ったから変わっちまったかなぁなんて思っていたけど、そんなことなくて安心したぜ。」 さすが犬獣人。彼は雑種だけど、いつだったか母方の祖父がシェパード獣人だって話したっけな。 「まさかにおい覚えているなんてこっちがびっくりだよ。」 「隣の家のお前の匂いなんて、ガキの頃から一緒にいたんだから忘れているわけないだろ。」 そんな気恥ずかしいセリフよくも言えるよと思いながら、君が運転する車は僕の家へ向けて出発した。

「ところでさ、お前これからどうすんだ?おばさんからはそんなに詳しく聞いてないけど、しばらくこっちにいるんだろう?」 「あぁ、うん。とりあえずしばらくこっちにいるよ。」 「おぉ!それはラッキーだ!来月の夏まつりは青年会の人出が足りないって言っていたからお前にも手伝ってもらうからな、お前全然帰ってこないから知らないだろうけど、マジで大変だからな。覚悟しとけよ!」 心なしか君の尻尾のゆれがすこし大きくなった気がした。 僕は都会に出てから1度も地元に帰っていなかった。 それだけ仕事が忙しかったし、帰る気力もないぐらい精神的にすり減っていたのも確かだ。 その結果こうして、肉体的にも精神的にも限界がきてしまい仕事を辞めてしまった。 ずっと憧れていた仕事ではあったけど、やっぱり現実は違っていてこうして地元に戻ってきてしまった僕を君はどう思うのだろうか? 「あのさぁ、僕の母さんから何て聞いていたの?」 少し怖かったけど、思い切って聞いてみることにした。 「息子がしばらくぶりに帰ってくるから迎えにいってはもらえないかって話だったぜ。もしかして、来月の夏祭り前に帰っちまうのか?高校の時みたいに一緒に祭り回れるかなって思っていたんだけど。」 「あっ、やっぱりその辺りは聞いてないんだね。」 「ん、なにがだ?」 「僕、仕事辞めたんだ。だからこっちに帰ってきたんだよ。」 「あぁ、なるほどな。」 「・・・それだけ?」 「うん?」 「理由とか聞かないの?ほら、高校卒業の時になんで都会に行くのかって問い詰めていたじゃん?」 そう、君は卒業の時僕が都会に行くこと反対していたっけ。 「そりゃ、隣家の幼馴染が相談もなしに急に都会行くって言われたら問い詰めもするだろ。正直言うと俺もしかしたらお前に嫌われちまったのかな、なんて思っていたんだぞ。」 「ご、ごめん。」 「そうやって、自分の意見を素直に言わないところ昔っから変わんないよな。ほんとにお前は変わんないよ。ま、積もる話は今度飲みながらでも話そうぜ。」 「お酒強いの?」 「当たりめぇだろ、って言いたいところだけど。俺は瓶ビールを半分飲んだら寝ちまうな。青年会の打ち上げで半分飲んじまってすぐに顔真っ赤で寝ちまったぜ。いびきがうるせぇのは親父譲りだな、なんて会長に言われたっけな。」 幼馴染の新たな一面にちょっとびっくりした。僕達は21歳だけど、成人してから一度も会ってなかったから当然一緒に飲んだことなんてない。 ちなみに、僕は父親譲りのザルだったようでお酒は比較的強くて向こうの仕事での酒席の際には少なからず役に立っていた。 「かわいい所あるんだね。」 「かわいいってなんだよ?全然うれしくねぇぞ。」 そんなこといいながら尻尾が揺れていることを僕は見逃していないんだけどね。 車は繁華街を抜けて周りに風景に少しずつ田んぼや畑が増えてくる。 徐々に僕の家へ近づいていく。

「話変わるんだけど、高校の頃帰り道によく寄っていた肉屋さんあったろ?あそこ店たたんじまったんだよ。」 「えっ?そうなの?」 「店主のおじさんが体壊しちまったみたいでさ。あそこのメンチカツはマジで旨いのに、もったいねぇよな。」 ふと、学生時代の記憶がよみがえる。 高校に入ってもよく一緒に帰っていたけど、毎週月曜日には総菜が2割引のサービスしていたから僕達は決まって帰り道の肉屋さんに寄っていた。 僕は牛肉コロッケ、君はメンチカツ。 いつも決まったメニューだった。 たまにはお互いに1口ずつ交換し合ったりしていたっけ。 「たかだか3年しか離れていないはずなのに、地元も変わっているんだね。」 「そりゃそうさ。」 変わっていく地元の話に心が疼く。 時間がたてば街も人も変わっていく。 今の君だった高校の制服から作業着に変わり、何だかさらに体格ががっしりとしているじゃないか。 もしかして、変われていないのは僕だけだろうか。 街も君も変わっていくのに、僕だけが取り残されるのだろうか。 「そうだね。それに、君は高校の頃よりはなんというか大人っぽくなったんじゃないかな?」 「おっ、そう見えるか?嬉しいこといってくれるじゃないか!」 君は耳をピンと伸ばし、嬉しそうな顔をする。 「そんなに大人になりたかったの?」 「そりゃ、大人じゃなきゃできない楽しみってモンがあるだろ?お酒とか色々さ。」 「僕は、大人にはなりたくなかったな。」 「なんでだ?」 「なんというかさ、楽しかった時にはもう戻れないのかな、なんて思ってさ。」 「戻れるさ。」 「へっ?」 「楽しかった思い出があるなら、いつでも戻ってこられるだろ?」 赤信号のつかの間、君は僕の顔を見つめる。 文字通り成犬となった犬獣人の凛々しい顔で見つめられ、ほんの少し僕はドギマギしてしまった。 君は変わっていたけど、変わっていない。 その優しい目が何よりの証拠だった。 「ふっ、やっぱり大人っぽくなったよ。」 「なんだよ、心配してやってんだぞ。」 車はどんどんと進んでいき、田園と緑が広がる山間の道を進む。 もう間もなく僕の家に着く。

「もうすぐ着くね。」 「あぁ、だいたいあと5分ぐらいだな。」 「運転してくれてありがとうね。」 「おう!お前が帰ってくるとなったらうちの親父とお袋も喜ぶぜ。昔からお気に入りだったからな。」 昔から君のお父さんとお母さんには可愛がってもらえたっけ。 懐かしい思い出が次々と蘇る。 何だかこの1時間で僕の心はだいぶほぐれたような気がする。 地元へ戻ってきてしまったことの後悔は消えていないし、本当に家族に申し訳なさがある。 大人になったはずなのに何も変わっていなかったのではないかという悩みは止まないけど、でも君のおかげで少し救われたような気がした。 「本当にありがとうね。」 「いいっていいって。幼馴染なんだから、これぐらいやらせてくれよ。それにさっきも話したけど、夏祭りの手伝いお前にもやらせるからな!終わったら、一緒に祭りも回ろうぜ。焼きそばおごってやるからよ!」 「はいはい、わかっているよ。」 君の尻尾は大きくユラユラと揺れ動く。 移動中君は終始ご機嫌だったように見える。 「僕が戻ってきて嬉しい?」 「なんだよ、その質問は。」 「いや、なんとなく。」 「嬉しくない訳ないだろ。そりゃお前が大変な目にあったのは嫌だけどさ、俺はお前が近くにいてくれて嬉しいぜ。さて、着いたぞ。」 車は止まった。僕が降りようとすると、 「おっと、一つ言い忘れていた。」 「何?」 「おかえり。」 こうして地元に戻った僕に、ニッと笑う君は3年前のあの頃と同じ君だった。