すれ違いコント

伊藤テル

・ ・【大島崎・視点】 ・

 絶対にワンベくん、いやワンベの野郎は怪しい。  ワンベの野郎は着ぐるみを脱いでいるところを誰にも見せたことが無い。  きっと中身は極悪人の犯罪者に決まっている。  でもこのテーマパークの経営者も経営者だ。  そのことを知っているのにも関わらず、雇い続けるなんて。  きっとあくどい取引があるに決まっている。  俺の正義感はもう止まらない。  ワンベの野郎を問い詰めてやるんだ!

・ ・【ワンベ・視点】 ・

 大島崎さんは誰もいないテーマパークの端に僕を呼び出して、こう言ってきた。 「ワンベくん、いやワンベさん! 君はこのテーマパークの経営者と取引をしているな!」  まさか知られるとは思っていなかった。  僕が実は着ぐるみのような生物で、経営者さんとの取引によって、このテーマパークで働いていることを分かる人がいるとは。

・ ・【一口・まとめ】 ・

大島崎:ワンベの着ぐるみの中身は極悪人の犯罪者だと思っている。 ワンベ:大島崎は自分の正体である”着ぐるみのような生物”だということを知っていると思っている。

・ ・【ワンベ・視点】 ・

「まさかそんなことをしていたとは……」  わなわなと唇を震わせながら、そう言った大島崎さん。  知られたのならば仕方ない。  ここは普通に言ってしまおう。  正直に話して、むしろこれから何かあったら助けてもらう方向で話を進めよう。 「そうだ、僕は確かに経営者さんと取引をしてこのテーマパークに住み込みで働いている」 「やっぱりそうだったのか! ワンベくん、いやワンベさん、いいやもう! ワンベ! オマエは一体何をしたんだ!」  何で”さん”になったり、呼び捨てになっているのかは分からないけども、まあ何をしたかと問われれば、こう答えるしかない。 「専用のサイトで募集があったんだ。それで」  そう、着ぐるみのような生物は普通の人間社会は勿論、森や山の中でも生きづらい。  だから着ぐるみのような生物は専用のサイトに登録して、雇ってくれるテーマパークを探す。  たまたまこのテーマパークの経営者が新しい着ぐるみのような生物を募集していて、生活環境も良さそうなので、立候補した形だ。  大島崎さんは言う。 「それは自らの意志でか……?」 「そうだよ。自分の意志で選んだんだ」 「自分の意志だと……自らその道を選んだのか……それは何だ、やっぱり裏サイトなのか?」  裏サイト……まあ確かに一般の目には触れられないサイトだから、うんまあ、 「裏サイトだよ」 「現代社会!」  大島崎さんは自分の腰のあたりを叩きながら、そう言った。  確かにこれは現代社会だからこそできる、新しい生き方だと思う。  昔の着ぐるみのような生物たちは苦労したという話を聞くが、今は結構その専用サイトも入れ食いだ。  テーマパーク以外にもゆるキャラ募集みたいなのもあるので、その地域の特産品を模した服さえ着ればいくらでもゆるキャラにもなれる。  大島崎さんは語気を強めながら、こう言った。 「でもそれでいいのか!」 「うん、いいよ。だってそうしないと生きていけないじゃないか」 「生きていけない……じゃあそうか……そういう環境だったのか……じゃあ自分で選んだわけじゃないのか? ……選ばされたのか?」  選ばされたという言葉にハッとした。  確かにそう思えばそう思うこともできる。  大島崎さんはいろいろ考えることができて、賢い人だなぁ、と少し感心していると、 「ワンベ、悩みことがあるなら俺に打ち明けてほしい」  と言ってくれて、なんて良い人なんだと思った。  僕のことを着ぐるみのような生物と知ると、皆、どこか怖がってしまい、僕から距離を置くのに、大島崎さんは自ら関わってくれるなんて。  僕は嬉しくなって、些細なことと思われがちだけども、割と重要なこのことを言ってみた。 「背中を掻いてほしいんだ! 人に抱きつかれるとそこがカブレる場合もあってね!」 「いや! 意味無いだろ! この状況じゃ!」 「いやいや背中を掻いてくれるとすごく嬉しいよ」 「今じゃないだろ! とったあとだろ!」  ”とったあと”……一体何をとったあとなんだろうか。  もしかすると距離をいきなり詰め過ぎたのかな?  でも僕、人と友達になれそうなこと初めてだから、距離感がよく分かんないだよなぁ……とる、とる……もしかすると相撲かな?  人間はまず相撲をとって親睦を深めるのかな、じゃあ、えぇい!  僕は小走りで大島崎さんに近付くと、大島崎さんはビックリ声を上げながら、 「危ない! 何する気だ!」  と言って、よけた。  何でだろうと思ったので、ハッキリ聞くことにした。 「相撲をとるんじゃないの?」 「相撲はとらないよ! 怖いわ!」  怖がられてしまった……そっか、そうだよね、僕って人から見たら、人間サイズの二足歩行のイヌみたいなもんだから、力が強そうだと思っちゃうよね。  じゃあとるって、相撲じゃないんだ、えっと、じゃあ写真?  写真を撮って仲良くなろうということかな?  そう思いながら僕はポケットからスマホを取り出し、大島崎さんの写真を撮ろうとすると、 「ちょっと! 待て! 写真を撮って顔写真を組織に送るのかっ?」 「ううん、大島崎さんは登録できないに決まってるじゃないか、人間だもん」 「そんな! 待てよ、ワンベ! まるで自分が人間じゃないみたいに言うな! 君は自立した立派な人間なんだ! 組織のアヤツリ人形になったらダメだ!」  ……あれ? 「僕、人間じゃないよ……えっ? 知っているんじゃないの?」  その言葉にポカンとしている大島崎くん。  あれ、何だ、どこで何を勘違いしたんだ……なんでなんで……もう! 「人間って難しい!」  僕がそう叫ぶと、大島崎さんは声を震わせながら、こう言った。 「えっ……もしかするとワンベって、着ぐるみじゃなくて、そういう生物なの……? いやいやいや! あれでしょ! 極悪人の犯罪者で、だからいつも着ぐるみを被っているんでしょ!」 「違うよ! 全然犯罪者じゃないよ! 僕はそういう生物なのっ! 着ぐるみじゃなくてそういう生物なのっ!」 「嘘……じゃ、じゃあ……」  あっ、つい自ら言っちゃった。  勘違いしていたようだからなんとか言えば良かったかもしれないけども、こんなに人間と仕事以外の会話をしたことが無かったから、つい言っちゃった……どうなるんだろう……。  僕はおそるおそる大島崎さんのほうを見ていると、大島崎さんは小走りで僕に走り寄って、抱きついてきてこう言った。 「じゃあモフモフで最高! 可愛い!」  そして僕と大島崎さんは親友になりました。  良かったぁ!

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