彼は、

霧島化猫(きりしまばけ)

「小さい頃のことは覚えていません。誰だってそうでしょう?物心がついた時には、もうそばに母は居ませんでした。小さなアパートの一室で、父に外に出してもらえることもなく一日中家の中で過ごしていました。今ならそうした父の気持ちも、ぼくを捨てて出て行った母の気持ちもわかります。産まれた子供は全身毛に覆われていて、耳は頭の上に伸びていて、鼻は突き出し、鋭い犬歯を持った、言うならばオオカミ人間といった姿だったのですから。ぼくの事をかわいいとかいう人もいますけど、ぼくはこの姿で産まれたことを喜んだことはありませんよ。多くの人を不幸にした呪いのケモノです」

「そう、初めて殺めた相手は父でした。ぼくをずっと閉じ込めてはいましたが、ぼくが大きくなるにしたがって、だんだんと精神的にも追い詰められていったのでしょう。これは推測ですが、きっと周囲に噂されることもあったに違いありません。日に日に父が夜に飲む酒の量は増えていきました。そしてあるときにぼくを包丁で刺そうとしたんです。そのとき何かを叫んでいたことは覚えているのですが、何を言っていたかは覚えていません。気付けばぼくは父を刺し殺していました。警察に通報したのはぼくです。8歳のときでした。そしてぼくは叔母に引き取られることになりました」

「はい、そうです。昨年亡くなった、叔母です。叔母の家でぼくは初めはじっとしていました。育った環境がそういう感じだったので、いわゆる自閉症のような状態でした。ですが叔母はぼくに積極的に話しかけ、出かける時に連れて行ってくれ、次第にぼくは普通に人とコミュニケーションが取れるようになりました」

「いえ、外に出る時はパーカーを着て、フードを被り、マスクを付けて、耳とマズルを隠していました。それ以降外に出る時は基本この格好でした。だんだんと叔母の元での生活に慣れてきた頃、叔母はぼくを小学校に連れて行きました。まあ、通ったのはほんの3ヶ月程度です。ぼくの珍しい風貌は隠しても隠しきれず、次第にいじめの標的になり、行きたくなくなってしまったんです。勉強するのは楽しかったんですけどね。学校に行かなくなったぼくをみて、叔母は今度は家庭教師を呼んできました。その先生は元小学校の教員で、小学校の勉強を教えてくれました。初めは家の中でもパーカーを着、マスクをつけて姿を隠して接していましたが、徐々にぼくは先生と打ち解けていき、見た目を隠さなくなりました。先生は、『耳がかわいい』『キバがかっこいい』などと褒めてくれました。あ、さっきこの姿で産まれたことを一度も喜んだことがないと言いましたが、このときだけはちょっとうれしかったかもしれないです。とにかく、ぼくは先生のことが大好きでした。まあ、もうこの先生も亡くなってしまいましたが。……話を戻しますね。先生に勉強を教わるようになってから、あまり積極的に外に出ることもなくなっていました。ですがあるとき、一人で散歩をしていたときのことです。住宅街の狭い路地、周囲に人がいない時に前から3人組が歩いてきました。ぼくは彼らが小学校のときにぼくをいじめていた連中だと気づき、避けるようにしてすれ違おうとしました。しかし彼らのうちの一人がぼくのことに気付いてしまったのです。彼らは以前のように容姿をバカにしてきました。それだけならぼくは無視して通り去っていったでしょう。ですが、一人が言ったある言葉がなぜか心に刺さりました。彼はこう言いました。

『お前の母親はオオカミと寝たのか』

一緒に過ごした記憶すら無い母ですが、それでもぼくの心の中に母の存在は大きく残っていたのでしょう。この一言でぼくのブレーキが外れてしまいました。ぼくもこのときまで気付いていなかったのですが、普通の人より筋肉量が多く、力も強いようです。これもオオカミ人間として産まれたからなのでしょうか。ぼくは彼らを順番に殴り倒し、気付いた時には彼らは全員気絶していました。ぼくは突然こわくなり、走って叔母の家まで戻りました。そしてパートに出ている叔母のいないのをいいことに、タンスにしまわれた貯金から3万円くすね、服を何着か抱えて家を飛び出しました。そして電車に乗って東京へと逃げたのです。人を殴ったことによる興奮と、捕まるかもしれないという恐怖、そして叔母に迷惑をかけたくないという気持ちがぼくをそうさせました。まさか6年も戻らないとは思っていませんでした。これが14歳のときです」

「東京に向かったのはいいのですが、あてなどありませんでした。テレビで名前を知っていた程度の新宿で降り、あてもなく彷徨いました。普通なら警官に補導されてしまうに違いないでしょうが、ぼくはこの頃には随分大きくなり、フードを常に被っていた事も関係あるのでしょうか、補導されることはありませんでした。ぼくはコンビニで食料を取り、路上で夜を3日ほど明かしました。そしてある夜中に、ぼくは誰かに声をかけられて目を覚ましました。その女性はぼくに年齢を尋ね、ぼくはとっさに18だと嘘をつきました。しかし彼女はなぜかその嘘を見破り、しかたなく14歳だと正直に答えました。すると彼女は家にぼくを招いてくれました。同情心だったのかなんだったのかは分かりません。もしかしたら珍しい姿に興味を持ったのかもしれません。彼女の家で料理をご馳走になり、気がつくとぼくは眠っていました。目が覚めるとぼくは布団の中にいました。そこに彼女の姿はなく、出て行くことも可能でしたが、なんとなく居心地が良かったこともあり、そのまま家でテレビを見て時間を潰しました。夜遅くまで彼女は帰って来ず、朝方にやっと彼女は疲れきった姿で帰ってくると当たり前のようにただいまと言い、ぼくはおかえりと返し、彼女はまた料理を作ってくれるのでした。こうして始まった奇妙な同居生活は、5年間も続きました。時には酔っ払って帰ってきた彼女を寝かしつけたり、料理を作ってあげたり。自然と体の関係もありました。そんなことを言ってなんですが、ここに恋愛感情的なものはなかったと思います。少なくとも、ぼくには。彼女にはあったのかもしれません。それも今では分かりません。彼女はある日帰ってきませんでした。次の日も、その次の日も帰ってきませんでした。1週間が経ち、ぼくは彼女はもう帰ってこないだろうということを理解しました。悲しいとか、そういう感情はあまり感じませんでした。ただ、空虚な気分でした。どうしようかと考えた時、浮かんだのは先生の顔でした。そこで先生に会いにいくことにしたのです。そしてぼくはまた彼女の部屋のタンスからわずかな貯金を抜き取り、故郷へと向かいました。ぼくは20歳になっていました」

「久々に帰った故郷は少し変わっていたものの、先生の家までは簡単に辿り着くことができました。そこで少し緊張しながらインターホンを鳴らすと、女性の声が聞こえてきました。ぼくは先生にお世話になったものです、先生に会いにきましたと伝えると、一瞬の間の後に、父は一昨年亡くなりました。よければ線香をあげていただけますかと言う声が聞こえてきました。ぼくはそうさせていただきますと答えると、しばらくして扉が開き、中年の女性が出てきました。彼女は、ぼくの隠しても隠しきれない奇妙な風貌を見て、一瞬の戸惑いののち、

『シュウさん、でしょうか』

と言いました。その名前を呼ばれたのも6年ぶりでしたが、ぼくはなんとかはいと答えることができました。彼女は父からあなたのことを聞いてたことがあるなどと言いながら、ぼくを家の一室の仏壇へと案内してくれました。懐かしさと共に淋しい感情が心に渦巻きました。仏壇の前でどうしていいかわからないでいると、線香に火をつけ線香たてに立て、鈴を鳴らし、手を合わせて拝みながら心の中で言葉を唱えるという作法を教えてくれました。ぼくは少し老けたように見える先生の写真を見ながら、ぼくは教わったまま、いなくなってしまってごめんなさい。ぼくは帰ってきましたと先生へと伝えました。彼女はもう少しゆっくりしていったらと言ってくれましたが、特に用もなかったのでそのまま先生の家を後にしました。本来なら逆かもしれませんが、ぼくは次に叔母の家に行ってみようと思いました。叔母の住むアパートの一室でインターホンを鳴らすと、懐かしい声が返ってきました。ぼくだよ。それだけで十分でした。叔母は走ってきて扉を開けると、その目の前にいるに向かって飛びついてきました、そのまま玄関口でぼくを抱きしめると、動かなくなりました。泣いてもいるようでした。ぼくはフードとマスクを外すと彼女は口元にキスをし、頭をわしゃわしゃとなでられました。正直ここまでよろこばれるとは思っていませんでした。3分ほどのハグが落ち着いてきた頃、彼女はぼくを家の中へと通しました。叔母はまたここで一緒に暮らそうと提案してくれました。他にあてもなかったこともあり、ぼくはうなずき、また叔母との生活が始まりました。ですが、これは本当に良くないことだったようです。ぼくがこの街に戻ったことは、自然と噂に広まっていったようで、叔母には心ない言葉が日々浴びせられていたようです。ぼくは基本的に家から出ないようにして、通販で買った本を毎日読んで過ごしていました。ですので外での叔母がどんな状況になっていたかは想像するしかありません。それでもピンポンを鳴らされて出ると誰もおらず猫の死骸が転がっていたり、ベランダのガラスが割られたり、玄関のドアに

『悪魔はこの街から出て行け』

などと書かれていた時にはさすがに心配になりましたが、叔母は心配しないでと繰り返すばかりでした。このころ叔母はどんどんとやつれていったように感じました。そしてある朝起きると、叔母は部屋で首を吊っていました。あなたは悪くないとだけ書かれたメモと、札束が入った封筒がテーブルに置いてありました。ぼくはぼんやりとその叔母の姿を見つめ、それから玄関を出ました。外のポストを見ると大量の、遠方から届いた、中には消印のないものもありました、はがきや封筒が入っていました。部屋に戻りそれをいくつか確認すると、

『ケモノは出て行け』 『この街に呪いを持ち込むな』

そんなことがたくさん書かれていました。このとき、ぼくは本物のケモノになろうと決意しました。ぼくは普段から被っていたパーカーのフードを外して、毛むくじゃらの頭を表に出しました。それからキッチンから包丁を1本借りました。包丁はパーカーのおなか部分にある大きなポケットに隠して、外に出て行きました。ちょうどいいことに、テレビ局の人だと思われる3人組に遭遇し、声をかけられました。あなたが噂のオオカミ人間ですか!というようなことを聞かれたと思います。返事はせずに、唐突に包丁を取り出し首に突き刺すと、大量の血が噴き出してきました。包丁を引き抜き、叫びながら逃げようとする残りの二人も追いかけて刺し殺しました。その後はあんまり覚えていないのですが、目に入った人を次から次へと包丁で刺していったようです。きっとその時の姿はみなさんがぼくに期待するようなケモノの姿だったに違いありません。こうしてぼくは近年では最大の死者を生んだ通り魔殺人犯となりました。警察に捕まってからも、凶悪犯ということで誰かと同室にされることなかったので穏やかに日々を過ごせています。死刑が決まってからも変わりなく、支給してもらっている本を読んで静かに暮らしています」

「ええ、まあ、もう外には出たいとは思いません。人間社会ではきっと生きていけないのです。ぼくは、ケモノですから」

記録は以上である。 (13枚)