魂の自由、その器のカタチ

コンノスケ

 なりたいのだ。憧れや、羨みだけじゃあ到底足りない。なりたいのだ、俺たち皆、人間になりたいのだ。心の在りかが、そこにあると確信しているのだ。  俺たち皆、こんな毛むくじゃらの体に、魂を寄せていることを、肯定できないのだ。まるで反発するように、魂は心を動かして、この肉体の全てを嫌悪し始めてしまう。  そんな俺たち……そう、俺『たち』の中に、俺はいた。俺が作った、その集団の中で、俺は皆の声を聞き、魂を感じ、皆で団結しながら、活動をしてきた。俺はその中心で、その奔流を見てきた。皆、俺と同じ思いを抱き、苦しみを抱き、魂を宿していた……はずだった。  けれど、俺は妙な息苦しさを感じ始めていたのだ。熱さ、息を吸うだけで心が焦れるような熱さ。苦しさ、呼吸をするだけで頭痛がするほどの、苦しさ。圧倒的な炎を目の前にしているかのような、そんな苦しさを、集団の中心で感じるようになっていた。 『どぉしておれは、にんげんに、なれねぇのかなぁ』  自分の呟いたそんな言葉が、胸を、心を、魂を焼いた。じりじりと焦げ、もうもうと上がる黒煙が脳内を埋め尽くしていく。 『おれは、にんげんになりてぇ、だけなのになぁ』  零れた。本音が、自分でも知らず知らずのうちに押し込んでいた本心が、零れて落ちて、目の前で荒れる波に、海に、さらわれていく。  その、落としてしまった俺の思いを拾いたくて、気付けば体を、前に傾けてしまっていたのだった。ぎゅっと、目をつむり、腕を伸ばして……

『ねえ、そんなことをしてしまえば、その素敵な毛皮が大惨事になってしまうわ』

 前に倒れそうになる俺の体を、俺の心を、その声が制止した。明るく、可憐で、優雅な声が、頭上から響いて、俺は驚きのあまり勢いよく振り向いた。  そこにいた彼女は、あまりにも可愛らしく、可憐で、完璧な様相をした、人間だった。か弱くて、儚そうな、少女だった。俺は瞠目して、口を開けたまま、彼女を見つめた。 『大事になさって頂戴な。あなたたちは、とても美しいわ。私なんかよりもね』  そう言いながら彼女は、軽やかな足取りで俺の隣にやってきた。白いワンピースが、風にはためいて、太陽に輝いていた。

――次の瞬間、彼女は飛び跳ねた。そうして、海面に一つ、小さな飛沫が上がって、俺の目の前でキラキラと輝いたのだった。

    魂の自由、その器のカタチ                コンノスケ

 夜カフェ、というものがこの街では営業をしている。そこそこに栄えた駅前、その繁華街を少しそれた、人通りが少なくなるところでひっそりと明かりを灯しているそこ。日が落ちてから、次の日が昇るまでの間に営業をしている、珍しいカフェがそこにはあった。  店内は、木目調と暗めのグレーを基調にした、落ち着いた店内は、テーブル席が二つ、カウンター席が六つと、こぢんまりとした内装である。明るすぎない、柔らかな光が、その店内を照らしていた。 「猫の兄ちゃん、そりゃあ件の新聞かい? 随分、複雑な顔で見てるじゃねぇか」  そこに今は、店主である人間の男性と、カウンターに座る人の形をした虎、その二人だけが気だるそうにしていた。時計の針はもう、深夜の三時を指そうとしているころであった。 「ったく、お祭り気分なのはいいが、若いのははしゃぎすぎるな。店が大荒れだ……まあ、酒も飯も、しこたま注文してくれたんだから、文句はねぇけどもよ」 「あぁ……わりぃ、マスター。俺から言っとく」 「だぁら、いいっつうの」  マスターの言うとおり、店内は乱雑としていた。椅子のいくつかは床の上にふてぶてしく転がり、テーブルの上では食器と空になった酒の瓶で前衛的なアートができあがっていた。  その様子をちらと一瞥し、溜め息を吐いた虎、マスターに猫の兄ちゃんと呼ばれた彼『猫柳 誠(ねこやなぎ まこと)』は、この状態を容認しているマスターに、それでもバツが悪そうな顔で二度三度、謝意の言葉をこぼすのだった。 「すまねぇ。ありがとな、いつも店を貸し切りにしてくれて。マスターには感謝してもしたりないぜ」 「おぉっと、猫の兄ちゃんが面と向かってお礼を言うなんて、珍しいこともあったもんだ。明日は大嵐かねぇ」 「……おい、んな面白がるこたねぇ「それとも、なんか悩みでもあんのかい?」だ、っ」 「なんか、あんだろ? 『Hury』のことか、その新聞の内容か……両方か」  マスターが、床に落ちていた新聞をカウンターに投げた。表になっている一面に、猫柳はつい、視線を送ってしまう。そこには、こんな内容が書かれていた。 『差別的な行動をする人間に対し、声を大にして訴えを上げるために発生した、というような認識を受けている集団、通称Hury(ヒューリー)の活動が活発化。指示する獣人、人間も増加傾向だが、一部の過激な行動に警鐘も』 「有名になっちまったな、おめぇら。若いのは喜んでたけれどよ、猫の兄ちゃんは違うみたいだな」 「いや、喜んではいるぜ! 人間に憧れ、人間と同じように生きるために活動する『Hury』のリーダーとしては……いやまあ、勝手に行動するバカどもは、どうにかしなきゃだけれどよぉ」 「ふーん、その言い方だと、お前の悩みはそこじゃあねぇみてぇだな」  マスターの鋭い見解に、猫柳は大きな体を小さく丸めながら、乱雑に頭をかきむしった。その様子を横目に、マスターは散らばった食器を集め、カウンターの奥に戻った。自分の正面に来たマスターを、猫柳はつい、にらみつけてしまうのだった。 「おぉこわ、図星なんだろ?」 「マスターのそういう鋭くてあっけらかんなところ、どうかと思うぜ」 「どうもなにも、隠してもしかたねぇだろ。おめぇの顔に書いてあんだよ『俺のやりたかったことじゃない』ってな。Hury創立からの付き合いな俺に、隠せると思ってんのか?」 「……はぁ」  洗い物を始めたマスターから目線を落とし、猫柳はカウンターに突っ伏した。確かに彼の言うとおり、Huryの立ち上げ当初から知り合いで、獣人に対して好意的な彼とは、散々腹を割って話し合った仲なのだ。周囲のメンバーと集会を開くときも、カフェを貸し切りにしてもらったりと、とかく深い関係である彼に、隠し事ができるはずもないのは、道理であった。  猫柳は、突っ伏したまま、もごもごと愚痴を零し始める。彼が喋りだしたのに気付いて、マスターは洗い物の手を止めた。水音も、曲もない店内に、猫柳の気だるい声が小さく響き始めた。 「俺はさ、人間が、好きなんだよ」 「おう、そう言ってたな」 「で、獣人は嫌いなんだよ」 「てめぇは獣人なのにな」 「だから、俺、苦しいんだ。この体に、無理矢理魂を詰め込んだような、そんな俺が、苦しいんだ。辛いんだ」 ――だから、同士を探した。この思いを、せめて共有できるやつらを募って、集めた。それだけだったんだ、だったはずなのに。  猫柳は、自身の上体を起こして、マスターに視線を投げた。どこか物欲しそうなその目を見て、マスターは冷蔵庫から一つの小さな瓶を取り出すと、栓を抜いて彼に手渡した。香しい麦の匂いに、どこかフルーティーな香り漂う、ビールの入った瓶であった。  受け取った彼は、それを一気に呷った。先ほどまで、仲間とともに飲み交わしていた分のそれは、すっかり体から抜け去っていた。呷った喉元を心地よく流れたあとに、胃の中で溜って、顔がかっと熱くなる感覚に、頭が少し揺さぶられた。それで少しだけ、気分が晴れたような気持ちになれる、そんな気がするのだった。 「人間が羨ましいって、みんな言うんだ。けれど、実際人間になりたいって思っているやつは、存外少なくて……最近じゃすっかり、羨ましがっている獣人連中に、人間と同程度のものを与えるための、ためだけの集団になっちまったのさ」 「まあ、珍しいしな、人間になりたい獣人なんて酔狂なやつ。逆は結構いるんだけれどな。なんつうか、基礎から違うんだろうよ、地盤というか、なんというか。この世界は、あまりにも人間基盤だからな。だから、人間と同じ扱いをされたい獣人が多い。けれど、その身を人間と一緒にしたいと思うやつは、少ない。存外、獣人ってのは自分の種族とか体に、誇りを持っているやつが多い見てぇだからな」 「でも俺は、そうじゃねぇんだ!」  怒声のごとく上がった声と共に、猫柳は瓶を持った右腕を、マスターに見えるように掲げた。その腕の前半分は、虎特有の縦縞模様はなく、真白い包帯に包まれていた。 「俺は、この体を、人間にしてぇんだよ」  マスターが、その包帯部分に注目していることを確認し、猫柳は左手でそれを解いた。ゆっくりと露わになっていくそこには、縞模様が確かにあった。けれども、左手のように毛が生えてはおらず、生々しい薄ピンクを基調とした縞模様が、そこにはあった。  人間の肌とは、似ても似つかない、痛々しいとさえ思わせる色の肌であった。 「はー……おめぇ、剃ったのか」 「ああ」 「それが、Huryじゃないほうの悩みか。自分の作った集団じゃなくなってしまったのにリーダーであること、どうあがいても人間のようにはなれないと体感してしまった絶望。そんなところか」 「だから、そうずけずけと見透かしたことを言うところが……はあ、もういい」  自分の悩みの、表面だけを話したはずなのに、見透かしたかのような答えを突きつけられ、猫柳はカッとなってしまった。そのせいか、普段ならなんでもないはずの、ビール一本分のアルコールが、やたらと頭に熱を集めてしまったようで、猫柳は再度、カウンターに突っ伏してしまった。  遠くで、マスターがなにかを言っているようだったが、うまく聞き取れなかった。それよりも、頭の中が渦を巻くような感覚と共に、目の前が真っ暗になっていくことに、逆らうことができなかった。  額を支える、毛を剃った右腕が、火傷のようなじくりとした痛みを感じたのが、最後の記憶だった。

   朝日の昇らない海だった。別段、深い意味があるわけでも、世界が変わってしまったわけでもなく、単純にここが、日本海側、日の落ちる側の海であるというだけのことである。 「はぁ、もう朝か」  それでも空は明るくなり、新しく始まる一日を讃えるように光があふれていく。そんな空を見上げながら、猫柳はとある海岸沿いを歩いていた。口には火のついていないタバコを咥え、この上なく気怠そうな目で、淡く白む空と、青く色づき始めた海を交互に睨めつけながら歩いていた。  酒を呷り、酔いに意識を手放したあと、店を閉めるとマスターに叩き起こされて、店を追い出されてしまったのだ。そのさい彼から『人間になりたいってのは、別に悪いことじゃねぇだろうけどよ、でももう少し自分のこと、大事にした方がいいぜ』と投げかけられたのだ。落ち込んでいることへの慰めとも、獣人としての自分をないがしろにしていることに対する忠言ともとれるその言葉を受け止めたのち、猫柳はすっかり、家に帰る気分ではなくなってしまったのだった。 「海はいいよなぁ、なにしてなくてもデカくて、キレイで」  そんな気持ちを引きずったまま、家の近くにある海岸をふらりと歩くことにしたのだった。徹夜をして、眠いはずの体は、けれどそれ以上に、眠りたくないと脳内が暴れ回っていたのだった。  てくてくと、砂浜ではない海岸を歩く。この街にのない海岸線には、砂浜がほとんどないのである。車の走る道路の横に、少し高めの防波堤が並ぶ、灰色の海岸線がずぅっと並んでいるのだ。道路から、海に降りる階段を下れば、コンクリートで整備された歩道と、さらに海へ続く階段。それも下れば、そこには一面の防波ブロックが転がっているのだ。 「よ、っと」  舗装されていたところを歩いていた猫柳は、少しだけ跳躍すると、防波ブロックの一つに飛び乗った。そのまま器用に、ブロックの一つ一つを飛び移りながら、水面の見えるところまでやってきて、そこにしゃがみ込んだ。 「……」  懐から安物のライターを取り出すと、咥えていたタバコに火を点けた。生命の混じり合った匂いを感じる鼻先に、じりと、焦げ付く葉の香しい匂いがなぞっていく。 「っ……ふぅ」  彼方に白く霞む水平線を遠目にしながら、弱く肺に煙を満たして、そのままおざなりに紫煙を薫らせた。重たい香りの煙が空に昇り、水平線の白に混じって消えていく。薄く開いた目で、それを無意識に追いかけては、また新しい煙を吐き出す。そんな行為を繰り返していた。 「……」  なんだかな。と、口から零れそうになった弱音を、代わりに吐き出す煙で抑えつけて、しまい込んだ。けれど、立ち上る煙が悩みの全てを持っていってくれるわけでも、さざめく波がさらっていってくれるわけでもないことは、猫柳もわかっていた。 「ったく、マスターは本当、優しいんだからなぁ」  正直、抑えていた本音の部分を、見抜いた上であけすけにぶつけてられるということは、辛くもありながらありがたいものでもあった。マスターはいつも、猫柳が悩んで、逃げだそうとするときに、本当にそれでいいのかと、抑えた本音を舞台に上げてくれるのだ。  その行為をできるのは、本当に優しい人だからなのだろうなと、猫柳は理解しているのだった。 「はあ……とりあえずHuryのリーダー、誰かに譲るか。ここまで大きくなって、リーダーの意見が違うってのは、不味いだろうしな」  誰に言うわけでもなく、自分の中で整理をするために、言葉を空に投げかける。向き合わせてもらった本音に、立ち向かうために頭を働かせ、自分と向き合うのだ。 「それは、うん、これでいいとして。でも、こっちは……」  今までもそうして、乗り越えてきたのだ。けれど、自身の右腕を見やった猫柳の思考が、ピタリと止まる。まき直された包帯の真白に、何が隠されているかを思い出すと、呆然としてしまった。 「こっちはもう、どうしたって、どうしようもないよな」  波の打ち付ける音が、やたら大きく聞こえて、ゆっくり頭の中が白くなっていく。自分は、人間のような体にはなれないと、絶対的な結論が突きつけられてしまえば、もう、どうしようもないと、認めることしかできないのだった。 「どぉしておれは、にんげんに、なれねぇのかなぁ……おれは、にんげんになりてぇ、だけなのになぁ」  真白になった脳内が、それでも答えを、理想を探し出そうと、ぐるぐると巡る。あれやこれやと、意見と問答が繰り返されて、痛みが走るほど思考が荒れる。猫柳の顔が痛みで歪み、体が少し、ふらついた。意識もゆっくり、白んでいくのを、どこか他人事のように感じていた。  そんな思考でも、今、自分の心から零れた本心が、海に落ちてさらわれていくことに、どうしようもない恐怖を感じてしまって。猫柳は、自然と、体を前に傾けたのだった。その先には、青い海が広がっているだけだ。 「このまま……」 ――海に落ちたなら、次の人生では。そんな考えが白む頭に過った猫柳は、目を強くつむるのだった。

「わ、ちょっ、と! 危ないわよ、そこのあなたっ!」

   飛んでいく意識が、甲高い声に引き戻される。ハッとした猫柳は、前に傾き始めた体に力を入れて踏ん張り、バランスをとった。そうして、今自分がなにをしようとしたかを思い出して、手に力を込めてしまった。自身の手のひらに、爪が食い込むほどに、拳を握りしめてしまったのだ。  その痛みに、少しずつ冷静さを取り戻した猫柳は、大きく息を吐き出し、ポケットにしまっていた携帯灰皿にタバコをねじ込むと、声のした方へと顔をむけた。 「わぁ、ビックリしましたわ……よ、ほ、っと。あなた、どうなさいましたの?」 「お、まっ、危ねぇよ、足滑らせっぞ!」 「大丈夫ですのよ。地元民なめないでくださいな」  すると、声の主は軽やかな動きで、猫柳の隣までやってきていた。ブロックの先端から先端に、軽く飛んで着地をするたびに、彼女の来ている七分丈の白いワンピースがひらりと、あまりにも可憐に揺れるので、猫柳はつい、彼女を凝視してしまった。  それよりもなによりも、彼女の顔は、可憐で美しかった。はためくワンピースをうつしていた視線の、端に見えただけなのに、その整った顔立ちがわかるほどであった。色は透き通るほど白く、目鼻立ちはきりっとし、幼さが残っているとわかるのにあまりにも蠱惑的な印象さえ受ける、そんな顔をしていた。  信じられないほどに、彼女の表情は、人間の女性として、完成しているような美しさであった。 「こんな朝早くに、海のブロック先で一服なんて、かっこいいことをしていらしたのね。バランスを崩したので、台無しですけれども」 「あー……徹夜でな、本調子じゃねぇ」  視線と共に奪われていた意識を、彼女の言葉が現実に引き戻した。猫柳は、視線を海に戻すと、曖昧な返事と共に、自分の調子を報告した。するとどうしたことか、彼女は小さく吹き出して、そのまま言葉を続け始めたのだ。 「徹夜、って、ふ、ふふふっ。変な獣人さんね、あなた。なら、お家に帰ればいいのに、絶対睡眠不足よ」 「そうしたいのは山々だが、こっちにもやむにやまれぬ事情ってのがあんだよ。ってか、おめぇも変なやつだろ、こんな朝早くにこんな場所に、散歩のつもりか?」 「ええ。夏も終わって暑さも穏やかになったし、今日はお休みですから、大好きな海でも見ようかしら、と思ってね。そうしたら、うふふ、素敵な獣人さんが見えたので、嬉しくて走ってきちゃったの」  途中までは、気怠げに話を聞いていた猫柳だったが、獣人を素敵と彼女が呼んだ瞬間に、苦々しく顔を歪め、歯を鳴らすほどに噛みしめた。全身の毛が、逆立っていくのを感じながら、猫柳は苦い味のする口を開いた。 「お前……やっぱおかしいよ」 「うん? 海が好きなだけなのに、おかしなところがあって?」 「ちげぇ。獣人は、素敵でもなんでもねぇ。人間の劣化版だ。少なくともこの世界ではな。醜くて、どうしようもねぇ存在だよ」 「え、っ」  彼女の、呆気にとられた声が宙に舞って、そこでやっと、しまったと思った。素性も知らない赤の他人に、訳も無く、苛立ちをぶつけるように、言葉を投げてしまった。好きなものを否定される辛さをわかっているはずの自分が、そんな言葉をぶつけ、傷つけてしまった。  猫柳は、言葉を発さない彼女に焦り、視線を戻した。悲しそうにしているであろう彼女に、謝意を述べようと、彼女の顔を見やったのだ。そうして、彼は、息を呑んだ。  彼女の表情は、怒りの一色に、塗りつぶされていたのだ。 「わり、っ」 「な、によ。なによ、それ」 「あ、え、ぇっと」 「劣化版なんて、そんなわけ、ないじゃない。人間にないものをもち、美しい形で生き、強靱な体躯を持つあなたたちが、醜いはずが、ないじゃない!」  彼女の、潤んだ瞳が、猫柳を射貫くように睨み付けた。あまりにも美しい顔を、これでもかと怒りで歪ませて、口から怒声を発していた。その尋常ではない様子は、彼女の言葉が完全な本意であることを、猫柳にひしひしと伝えていた。  だから、だからだろう。だから、猫柳の心にも、火種がじりじりと、燃えだしたのだ。彼女の、混じりっけのない本意が、彼の心に届き、火をつけてしまったのだ。 「醜いよ、おめぇが思うよりずっとな。それに、人間の方が美しいだろ。薄い毛しか生えない、すべらかで柔らかな肌の、素晴らしさは言葉にできねぇ。強靱なんていうけれど、この世界じゃあ異常なだけだ、人間の体の方がよっぽど、素晴らしいだろうが」 「なによ! 獣人より人間の方が醜いわよ! こんな、こんな脆くて儚くて、どうしようもない体より、強くて立派な体の方が素晴らしいわ! 毛並みだって、柔らかさと美しさを兼ねた、芸術のようなものだわ! それを、それをっ!」 「毛ぇなんて、抜けるだけ邪魔なもんだぞ! そもそも、お前が言うのか? 一目見ただけでも人間の中で完成されたレベルで美人であろう、お前が!」 「なによ、私のことなんでどうでもいいじゃない! だったらあなたこそ、そんなに立派な体をしておいて、獣人を貶めるなんてどういうことですの!」  そうして、互いに火のついた言い合いは、どんどんと勢いを増していく。語気は上がり、互いに自分の信念を、全力でぶつけ合う。そんな、言葉を用いた戦争のようなやりとりの中、怒りに染まった二人の目線が、ぶつかった。 「っ」 「あ……」  美しい。猫柳はそう思った、思ってしまった。怒りに塗りつぶされてなお、あまりにも美しいその瞳に、一瞬心を奪われ、言葉を詰まらせてしまった。同じタイミングで、彼女も言葉を止めた。波の音と、吹き付ける風の抜ける音だけが、二人を包んだ。 「あー、あのさ、あんた、本当に綺麗だよ。自覚、ある?」 「あなたこそ、体は大きいし、とても野性的な表情でしたし……とても素敵な獣らしさをお持ちですのよ?」 「いや、だから俺がいいてぇのはだ「ふっ、っくふふ!」な、っ」 「ふふ、あっははは!」  今度こそ、猫柳は瞠目してしまった。一瞬で、怒りに塗れていた表情が、零れた笑みと共に、喜色に染まったのだ。その美しさに、声を荒げることを忘れてしまったのだ。気付けば、自分の口からも、弱々しい笑いが、漏れ始めていた。 「は、はは、はははは……」 「あはは、はぁ、はぁ、やだもう、おっかしい」 「お、かしいのは、っはは、だから、おめぇだって、っくく」  直前まで、怒りに声を、感情を荒げていた事実でさえ、滑稽に思えるほどに、その場を笑い声が包んだ。 「もぉ、やめてよね、っふふ……はぁ。うん、ごめんなさい、急に怒ってしまって」 「あー、俺こそ悪かった。ちょっと、虫の居所が悪かったんだ」 「いえ、私も、機嫌がよろしくなかったの。ねぇあなた、獣人が嫌いなの?」 「そう、だな、うぅん……獣人が嫌いなわけじゃぁねぇんだ。獣人である自分が嫌いなだけで……人間に、なりてぇだけだ」 「ふーん」 ――そういう獣人さんも、いるのね……私と、同じだわ。  彼女は、小さく呟いた。波にかき消されてしまいそうな程にか細い声は、けれども猫柳の耳に届いていた。人間よりも敏感な聴覚は、そんな音ですら、拾い上げてしまうのだ。 「同じ、って?」 「あらやだ、聞こえました? うーん、やっぱり獣人さんは凄いわね」 「ああ、わりぃ。聞かない方が良かったか?」 「いえ、いいの。どうせ言おうと思っていたので。あなたが、人間になりたいのと一緒で、私はね、獣人になりたいのよ」  にんまりと笑う彼女は、無邪気に首を傾げ、猫柳を見やった。あまりにも可憐な、どうしようもなく美しいその表情で、彼女は言った。獣人に、なりたいのだと。  だから、猫柳は聞き間違えたのかと、思った。小さな音でさえ拾ってしまう、聴覚を持っているとわかっているのに、そう思ってしまったのだ。 「ええ、と?」 「ふふ、変だって思ったでしょ? それとも、勿体ない、って思ったかしら? 私、綺麗だものね」  自覚しているの、と彼女はあっけらかんと言い放った。そんな、ともすれば嫌みにすら感じてしまう台詞も、彼女が言うと全くそんな風には感じなかった。それほどに、彼女は美しかったのだ。 「だって、獣人と違って、人間は……ごめんなさい、悪気があるわけではなくて、私の感性で語ることなの、だから、怒らないで欲しいのだけれど」 「ああ、うん、大丈夫。続けて?」 「ありがとう。人間は、獣人より、醜い。劣っていて、弱々しい。だからせめて、最低限美しくあろうと、しただけなのよ。変かしら?」 「いや……凄いと、思うけど。そんなに、獣人が好きなのか?」 「ふふ、野暮なことを聞くのね。あなたはどうなの?」 「俺?」  彼女が、指をさして言う。いたずらっぽい、あどけない幼女のするような笑顔で。猫柳は、そんな彼女の表情から、目を反らせなかった。 「私が思っているのと同じくらい、あなたは、人間になりたいんじゃ、ないのかしら?」 「ああ、うん、そうだよ。そうだな、お前と一緒だ」 「うん、よろしい。あはは、驚いたわ……最後に、あなたみたいな獣人さんもいるだなんて知れて、嬉しい」 「最後?」 「うん、最後……ね、あなたはさっき、どうしようとしていたの?」  彼女がしゃがみ込み、猫柳の顔を覗き込む。今度は、どこか悲しげな雰囲気の表情をしていた。コロコロと変わる彼女の表情は、どの感情をのせても、その美しさは揺らぐことがなかった。 「どうしようって、別に」 「ふぅん。私には、このまま海に落ちてしまうんじゃないかって、そう見えたのだけれど? 違うのかしら?」 「……まあ、少し、そう思ったよ。ちょっとな、参ってたんだよ。人間になりてぇのに、俺はどうしたって、獣人なんだなって」 「なるほどね。うん、私もそう。ちょっとね、他の人に色々言われちゃって、言われ続けちゃって、どうしようもなくなっちゃったのよ。そんなに綺麗なのに、獣人に憧れるなんて、もったいない、って」  彼女は、話ながら立ち上がった。少し後ろに引いた猫柳よりも一歩、ブロックの先に足を踏み出していた。気を緩めれば、海に落ちてしまいそうな位置に立った彼女は、そのまま海を見つめていた。  その、どこか危なげな様子に、猫柳はつい、彼女を呼ぼうと手を伸ばした。 「おい、お前、危ねぇって」 「ちょっと、お前なんて不躾なんじゃなくって?」 「いや、名前知らねぇし」 「あ、そっか……なんででしょうね、初対面なはずなのに、あなたとはとっても、親しくなっている気がして、不思議ね。やっぱり、似たもの同士だから、かしら」 「いや、よく考えたら真逆だろ。獣人になりたい人間と、人間になりたい獣人なんだからよ」 「いえ、同じよ。ふぅ、ま、いいわ。私、莇野よ『莇野 花梨(あざみの かりん)』好きなように呼んで。あなたは?」 「俺は猫柳。猫柳誠だ。で、だから危ねぇって、莇野」 「あら、だって私も、猫柳さんと同じこと、考えているんだもの」  彼女を、莇野を、掴もうと思えば掴める距離なのだ。けれど、手がすくんで、動かない。彼女がなにを考えているか、つい先ほどまで同じことを思っていた猫柳には、わかっていたのに、だ。  なぜなら、自分には止める権利がないと、わかっているからだ。自分の体を恨み、変われぬとしりながらも、それを羨む。けれどやはり、現実は非情なまま。そんな思いを、痛いほどしてきた猫柳には、莇野の辛さ、その一端が、痛いほどわかってしまうのだから。  ならいっそ、自分もともに、そんな考えが、頭を過った。莇野を追いかけようと、体が前に傾くのを、どこか他人事のような気持ちで、止められなかった。 「あなたは、やめた方がいいわ。だって……ねえ、そんなことをしてしまえば、その素敵な毛皮が大惨事になってしまうわ」 「お前も、綺麗な顔が、台無しになるぜ?」 「うん、まあ、そうなのよね。でもね、私はもう、決めてきたから。色々、頑張ってきたのに、逆に、裏目になってしまったり。ふふ、散々だったの」 「俺もさ、毛を剃ってみたら、思ったより醜くなっちまって、ショックだったりしたんだぜ?」 「え? 見せてくださる?」  莇野が一度、猫柳のそばに駆け寄り、しゃがみ込んだ。それに驚いた猫柳は、体の傾きを正しつつ、右手の包帯をゆっくりと巻き取って、その肌を晒した。変わらず、薄ピンクの縞模様が、そこにはあった。それを目にした莇野は、感嘆を漏らした。 「まぁ、なんてこと……」 「醜いだろ?」  その感嘆を、負の意味で捉えた猫柳は、少し悲しげな声をこぼした。続く莇野の台詞を、慰めのものであろうそれを、頭を垂れて待ったのだ。 「思ったよりもずっと、人間の肌に似ているのね! 驚いちゃった。ね、猫柳さん、あなたやっぱり、まだ人間になれる可能性があるんじゃないかしら」  そう思っていたのだが、彼女の発した声は、喜色に満ちたものであった。そして、猫柳の心を温めるには十分な言葉であった。  人間から、そう、人間から言われたその、温かな喜びの言葉は、猫柳が思うよりもすっと、心に響いたのだった。 「そ、れは……お世辞で言ってんのか?」 「まさか! お世辞じゃなくて羨ましいのよ。私の体じゃあ、どうしたって獣人さんみたいな毛並みは、生えてこないもの。そりゃあ、毛皮や着ぐるみを身に着ければ、それらしくはできるのだけれど……私は、私の魂は、それじゃあ満足してくれないの。だから、ね」  莇野が、猫柳の耳元に、顔を近づけた。その後、二、三、言葉を発し、彼になにかを伝えた。それは、波の音にかき消されるほど小さく、細い音であったが、猫柳の耳だけは、全てをしっかりと聞き届けていたのだった。 「ね、大事になさって頂戴な。あなたたちは、とても美しいわ。私なんかよりもね」  そして彼女は、最後にそういった。そう、最後だ。彼女はそのあと、猫柳が頷いた瞬間に、ブロックを思い切り蹴り飛ばし、跳躍して、空に飛び立っていった。 「あ、あざみ、の」  涙を流しながら、猫柳は呆然と、腕を海に伸ばした。一つ、小さな飛沫が上がったそこへ、腕を伸ばした。  けれど、その手には、なにも掴めなかった。後を追うこともできるはずなのに、体は、少しも動かなかった。それに反するように、心はじんわりと温かくなって、生きるための鼓動を、刻み始めていた。 「っ……」  海には、波が寄せるだけで、なにも、なにも、浮かんでは、来なかった。猫柳は、うずくまるようにして、声を殺して、泣いた。涙が、薄いピンクにつたって、彼女と共に、海に帰っていくのだった。

「莇野 花梨って知ってるか、猫の兄ちゃん」 「……急にどうしたよ、マスター」  信じられないようなことが、目の前で起きても、日は進み、出来事を容赦なく過去へと追いやっていく。例え、見ず知らずの女性が、目の前で海に沈んでいったとしても。例え、その女性が自分と同じ心の持ち主だったとしても。例え、その女性に自分は救われた、としても。それでも太陽は昇り、日は進んでいくのだった。  その手を掴めなかった、掴まなかったことを、また、彼女を追って自身も海に飛び込まなかったことを、しかたのないことだと考えたり、どうしてそうしてしまったのかと後悔してみたり、二週間、猫柳は生きてきた。  そう、生きてきたのだ。ともすれば、死のうとさえ考えることもできただろう。実際、莇野の後を追い、来世に期待を込めて、現世の体を手放そうと思うこともあったのだ。けれど、けれども、そうするとすぐに、彼女のことで、彼女が言った言葉で、頭がいっぱいになるのだった。

  『大事になさって頂戴な。あなたたちは、とても美しいわ。私なんかよりもね』 『そしてきっと、人間にもなれる、なれるわ。無責任なことを言うけれど、私の願いの半分は、あなたに、託させてね』 『あなたは、間違えないでね。嫌悪しても、それを好きになる人もいるの。私の魂は、もうそれを……人間を受け入れられないけれど、あなたは、どうか、受け入れて、そうして人間に、なって』

「いや、ニュースでやってたんだ。先日亡くなった、美人のモデルさんなんだが。最近はネットで配信したり、活躍の幅が広いってのも、人気の理由だったのか、そのせいで少し、騒動があったらしくてな。それがどうも、猫の兄ちゃんが気になりそうな内容で……お、おい、どうした、兄ちゃん」  そんなある日、夜カフェでマスターと話していたとある日、彼の口から莇野の名が飛び出してきたのだ。それだけでさえ驚いたというのに、その莇野某は、モデルで、人気の有名人だったというではないか。追いつけないほどの情報量に、猫柳は顔をしかめてマスターを睨むように見てしまったのだ。 「……なんでもねぇよ」 「んだよ。やぁっとHuryリーダーの後任もできて、肩の荷も下りただろうからって話をしようかと思ってたのによ、なんか新しい悩みでもあんのか?」 「そんなんじゃねぇさ。で、その、莇野ってのが、なんだって?」 「ああ、なんでも彼女のSNSや、遺書なんかにだな『私は獣人の魂を持っていたの。人間として生きるのは、あまりにも苦しい』と、書いてあったんだとよ」  だけれどまだ、名前の同じ他人と言うこともあると、そんな薄い線も考えていたが、マスターが発言したその内容で、完全に彼女であると、確信したのだった。猫柳は、表情を硬くし、マスターの目を見た。 「猫の兄ちゃんとは真逆だな。ってするとさ、お前の魂は、人間のもの、なのかもな」 「いや、逆じゃない。一緒なんだ、マスター」 「……? まあ、話は続くんだ。莇野花梨は、よく獣人に好感的な発言をしていて、自分も綺麗な猫獣人になりたいだとか、そんなことも言っていた。けれども、あまりにも人間として、完成された美しさを持っていたのさ。顔見たかったら、調べてみてくれ、すぐでるだろう」 「ああ、あとで、見ておくよ」 「で、だから彼女が獣人になりたいって言った次の日は、ファンの間で『こんな絶世の美女が獣人になるだなんて、もったいない、ありえない』って批判でいっぱいになったりしたんだとよ」  ああ、と、猫柳は心の中で一つ納得していた。他の人に色々と言われて、という莇野の台詞を思い出す。その、他の人というものを、単に知り合いや家族など、少数のものであると勝手に解釈していたのだ。だが、その意味するところが、まさか世界中の誰とも知らない多くの人々であったのだと、その答えに行き着いたことで、猫柳は納得をしたのだ。  莇野が、死を選ぶことになってしまった理由の正しさに。それが、彼女にとっては最良に近い判断であったのだということに。それほどまでに、彼女は傷付き、弱っていたのだということに、彼女が死んで初めて、気付けたのだ。  それでも、あの時の笑顔を思い出すと、その裏に大きな傷を隠していたなどと、少しも想像できないのだった。あの笑顔、全てを、投げ捨てる覚悟をしていた、表情。その隙間に垣間見えた、猫柳に願いを託した、か弱い女性の表情。全て、全てに莇野という女の、意思の強さしか、感じられなかったのだ。 「それもあって、ニュースで取り上げられると、獣人になりたい人間の心理とか、そんなのもセットで取り上げるんだよ。着ぐるみを身に着けることで云々とか、彼女の残した、魂が獣人という言葉から、新しいセクシャルなのでは、とかなんとかよ。なんつうか、大人気モデルが死んだってだけのニュースじゃぁなくなってんだ」 「へぇ……そりゃあ、莇野も、報われただろうな。なあ、飲み直してぇ」 「あー、おう。んで、だからよ、お前ならそう言うだろうと思って、釘を刺すためにこの話しをしたんだが……て、兄ちゃん、ニュース見てなかったのか? お前がニュース見てるかもと思って、名前を最初に出したのに、知らない様子だったし」 「最近は、まあ、ちょっとな。リーダー交代の件もあって、疲れていたしよ」  マスターの差し出した瓶を、右手で受け取って口をつけた。その右腕には、白い包帯は巻かれていなかった。いまだ、毛の生えきらない、薄ピンクの縞模様が、そこにはあったのだ。けれどもそれを隠そうとは、思えなかったのだ。 「で、莇野は、その界隈の人間に讃えられて、英雄的な存在になりつつある。だからといって、俺もそうなるなよって、言いたかったのかマスター?」 「お、おお、そうだ、その通り。確かに莇野は、自分の命と引き換えに、それこそ命がけで、自分と同じマイナーな人々を、表舞台まで持ち上げることができたけれどな。けれど、それでもやっぱり、生きてなんぼだろ。お前も、人間になることを諦めていそうな節があったから……死ぬなよ、ってさ」 「はは、死なねぇよ。死ねねぇ理由が、できたからな」 「……へぇ。リーダーやめたら、死んでやるとでも言うのかと思っていたからさ。はぁ、なんだ、一つ心配が減ったよ。猫の兄ちゃんに死なれたら、寂しいからな」 「店が寂しくなるって意味か、マスター」 「ちがわい!」  あの日と同じく、久しぶりに飲んだアルコールが、脳内をじわりと温めていく。冗談を言い、マスターと笑い合えば、なんだか楽しいとすら思えるくらい、酔いが回り始めたのだった。 「マスター、俺は死なねぇから、心配すんなよ。実はさ、俺に人間になって欲しいって、頼んできた人間がいたんだ。だから、そいつのために、まだ死ねねぇんだ」 「へぇ、そいつはまた酔狂なやつが増えたな。お前を元気づけてくれた人間だ、今度紹介してくれよな。サービスしてやるさ」 「ああ、今度……必ず、紹介するよ。俺が、人間になれたなら、な」  熱くなる顔を、左手で触れながら、ゆっくり目蓋を閉じた。莇野の、美しい笑顔が、脳裏に浮かんで、離れない。獣人の魂を持ったまま、人間の体で死んでいった彼女の姿が、脳裏で煌めいて、微笑みかけていた。

『莇野。俺、俺っ、やっぱり、死ぬよりも先に、人間になりてぇよ! だから、っ、お前の願い、半分を背負って、生きるよ。獣人の俺も大事にして、人間になりたい俺も、大事にして、生きていくよ、莇野っ』 結

400字詰め原稿用紙換算「45枚」