ズブズブッと、牝牛の肛門に左手を突っ込んだ。そのまま直腸越しに子宮内をまさぐる。コリコリという感触があり、受胎が確認できたので、人工授精の経過は良好だ。腕を慎重に引き抜いて、牛糞まみれの長手袋を外し、ひとまず報告書を書きあげた。獣医兼家畜人工授精師としての仕事を中断し、いったん休憩しよう。 スマホを取り出し、婚活サイトを開いてみた。やはり何のレスポンスもなく、非モテを痛感させられて鼻からため息が出た。改めて自分のプロフィール画面を確認してみる。獣医ということもあって年収や学歴のステータスは悪くないが、身長は150センチ程度。それでいてウエストは99センチ。添付した自撮り写真を見ても、ずんぐりむっくりの体型ははっきりしている。精一杯キメ顔をしているが、丸顔と赤みがかかった団子鼻の印象が強く、イケメンには程遠かった。 名前も『穴緒 保持郎《あなお ほじろう》』という何とも間抜けな響きだ。年齢ももう38のアラフォーであり、婚活市場において売れ残りに分類されているのだが、焦ってもどうなるものでもない。過去に年収目当ての女性からのアプローチはあったのだが、いざ顔を合わせた瞬間にドン引きされ、急用をでっちあげられて帰られてしまった。このまま牝牛の尻をまさぐり続けて一生を終えるのかと思うと、鼻からため息が出てくる。 ため息でむず痒くなった鼻の穴に指を入れてほじっていたら、先ほどの牛糞の残り香が鼻腔内を直撃した。くっさ! この穴ほじりの悪癖もなんとかしたい。名前のせいでいじられることにもなってるし…… 臭いをかき消すために一服するか。牛舎の外に出て煙草をくわえて、尻ポケットの紙マッチをまさぐっていると、背後から何者かに両肩をガシッとつかまれた! 骨ばった指が肩と脇の下をぐるりとホールドする。感触から判断すると、明らかに人間の手によるものではない。鷲や鷹にでもつかまれたのか? バッサ、バッサ! 羽ばたきの音がして、私の体が宙へ浮き上がった! これは、現存している鳥類の出せる力ではないぞ! 抵抗する間もなく、地面からはみるみるうちに離れていき、無理に振り払ったら落下の衝撃で死んでしまうほどになっていた。もはやなすすべはない。飛翔体の動きに身を任せながら目下を観察していると、湖の上空に差し掛かったところで、水面におぼろげに映る姿が確認できた。ずんぐりむっくりの人影は私だから、それをつかんでるのは……白くて5mほどもある。シルエットから判別しても、地球上のどの生物も当てはまらない。しいて言えば、アニメやゲームで表現されるような龍、ドラゴンのような姿をしていた! 驚いている間もなく、その白龍らしきものは上昇を続け、ついに雲の上まで出てしまった。こうなると地上の様子はよくわからない。横方向の移動もあったのだが、はたしてここは日本列島の上なのだろうか。高層雲の上に、巨大なボールのような黒雲の塊が浮かんでいた。飛翔体は一直線にその内部に突っ込んでいく。 黒雲を抜けてしばらくすると、目の前に想像を絶する光景が広がってきた! ゴムボールの内部にコインを入れたかのように、黒雲球体の中に巨大な円状の岩盤が浮き上がっていた。岩盤の上には広大な緑の大地と街並みが広がっており、街の中心には巨大な城がそびえたっている。門戸の大きさからして、明らかに人間の建物ではないだろう。城の屋根の上には、シャチホコのようにドラゴンをかたどった石像が配置されている。西洋とも東洋ともつかぬ、ごちゃまぜ感のある城だった。目を凝らしてみると、岩盤の円周上に大量の屈強そうなドラゴンが羽ばたいており、体に装着しているハーネスのようなものからワイヤーが岩盤まで伸びていた。浮いているのではなくて吊っているのか……かなりの力業である。黒雲の付近にも黒いドラゴンが飛んでおり、口から黒雲のような息を吹きかけている。外界からこの大地の存在をカモフラージュするためだろうか。 しかし、こんな力業では体力が尽きて落ちてしまわないだろうか? 疑問に思っていたら、城から花火が上がり、大量の屈強そうなドラゴンが円周に向かって拡散していった。ワイヤーフックを付け替えるように両手を動かし、今まで支えていたドラゴンは城に向かって収束するように飛んで行った。そうか、花火を合図として交代する仕組みが整えられていたのだな。 私をつかんでいるドラゴンは真っすぐに城に向かう。門番らしいドラゴンが一瞬制止しかけたが、すぐに道を空けた。どうやら顔パスで通れる城の関係者らしい。そして城の正門の前にゆっくりと私をおろしてくれた。 やっと地に足がついた感覚に、ほっと安堵の息が出る。息といえば、これほどの高所なのに高山病のような息苦しさがない。あの黒いドラゴンの吐息が大気成分にでも作用しているのだろうか? 振り返ると、私をここまでさらってきた白いドラゴンも地に降り立っていた。銀縁の丸眼鏡をかけ、長い白髭を垂らしている。手足は老人のように骨ばっており、全体的に皺が寄っていて、ファンタジーRPGの老龍のような風貌であった。衣服は前垂れのように隠し所を覆うものしか身に着けていないが、材質や装飾の度合いなどから、高貴な風格が漂っている。 「手荒な真似をして、誠に申し訳ございません。貴方様にはお頼みしたいことがありまして……ぜひ、城の中で話だけでも聞いていただきたいのです」 な、なんとしゃべったー! しかも日本語を流暢に! 「うわっ! ……何者ですかあなたは! ドラゴンなの? ここはいったいどこです! なんで日本語を喋ってるの! あ、すみません、つい……」 驚きのあまり、疑問を次々とまくしたててしまった。 「驚かれるのも無理からぬことでしょう。質問には一つ一つお答えします。わたくしの名はハクシキ。この城の世話係を担当している龍族です。ここは天空大地アースメルダス。国王リュウゲン様の治める国です」 情報を一つ一つ整理してみる。さらなる疑問も湧き上がるが、推測して納得するしかない。 「では最後の質問にもお答えしします。気分を害さないでいただきたいのですが、ここは日本よりも歴史ある国です。太古の昔にこの国の書物が下界へ落ち、それを見た人間が言語を習得したとされております。我々が日本語を話してるのではなく、日本語の起源がこの国の言葉なのです」 今までの常識が覆るような話だが、下手に反論せずに、一応納得して様子を見るしかない。相手は未知の怪物なのだ。 「はあ……わかりました。話だけでも聞きましょう」 返答を聞いた相手は、私の職員用のネームプレートを覗き込んで、正門を開いた。 「では……ホジロウ殿ですな、こちらにお進みください」
ハクシキと名乗ったドラゴンに先導されて、人間にとっては長大に感じる廊下を歩いていると、城の中庭のあたりから楽器の演奏と歌声が聴こえてきた。
『雲《くも》に抱《いだ》かれ 聳《そび》え立《た》つ 城《しろ》は 果《は》てなき 英知《えいち》の証《あかし》 育《はぐく》む 息吹《いぶき》 分《わ》かち合《あ》い 鍛《きた》えて 支《ささ》えよ 同胞《はらから》よ ああアースメルダス ああ明日《あす》も行《い》く』
勇ましい行進曲のような二拍子の歌である。歌詞から判断すると、どうやらこれが国歌のようだ。王宮で祭事などに流す国歌斉唱の練習をしていたらしい。自己研鑽を美徳とする価値観にあふれ、前向きな高揚感があった。日本人の感覚としては校歌や社歌のようで奇異に思えるが、世界的な視野から見ると特段珍しいことではない。ドラゴンが文字通りに国を支えており、必要不可欠な労働を美徳とする価値観があるのだろう。 「着きました。こちらが玉座の間でございます」 中に案内され、高級そうな絨毯の上を進んだ先には、巨大なドラゴンが巨大な玉座に腰かけていた! 豪華な玉座の高さや奥行からざっと目算してみると、体長30mはゆうにあるだろう。体色のベースは山吹色ではあるが、年季の入った肉体労働者の日焼けのように、ところどころ浅黒く変色していた。おそらく、国王自身の力を知らしめるために、公務として岩盤支えの飛翔を執り行うこともあるのだろう。首回りや腰回りに王族らしい優雅な装飾を付けてはいるが、全体的に筋肉質で、RPGのラスボス感を漂わせている。 「ハクシキじい、下界の人間を連れてくるとは、この国における御法度であるぞ。お主ほどの者が禁忌を犯すとは、何か考えがあってのことであろうな」 「リュウゲン王様、この者でしたら、王子の病を治すことができると思いまして……」 「お主の判断であれば間違いはないのだろう。人間界の名医であるのだな。よろしい」 リュウゲン国王が右手で何かを弄ぶような仕草をしながら、こちらを見据えてきた。ひいっ、おっかねえ! 「下界の人間よ、余は妻に先立たれてしまい、一人息子のタツノシンだけが生きがいなのだ。頼む、息子を救ってやってはくれまいか。できれば余も協力したいのであるが……」 見た目とは裏腹に丁寧な依頼ではあったが、あまりの体格差ゆえに威圧されて答えあぐねていると、ハクシキじいが口を挟んだ。 「あ、い、いえ、この者がいれば事足りますので、国王陛下は自室にてお休みください」 ……何か隠しているようなうろたえぶりではあった。 「……この件はそなたに一任しておる。それならば何も言うまい。よい報告を期待しておるぞ」 こうして王への謁見を終えて部屋から出た後、ハクシキじいの先導でまた長い廊下を歩いた。しばらくの沈黙が続いたため、感じた疑問を投げかけてみた。 「丁重な扱いに感謝いたします。こちらに連れてこられたのは、てっきり取って食われるとか、無理やり人間のサンプルとして扱われるのかと思いましたが……あなた方のような龍にとっては、人間はちっぽけな存在でしょうに、なぜこのような対応を?」 「我ら龍族は魔物ではなく誇り高き一族。客人には相応の礼儀を尽くします。それに、古来から人間は龍殺しとも呼ばれ、龍をも凌駕する力があると語り継がれております。我ら龍族が、下界の災厄や争乱を恐れてここへ移り住んだのもそのため。そう、この壁画のような伝説が残っておるのです」 ハクシキじいが指さした壁面には、武装した勇者が龍の王と対峙している巨大な絵が描かれていた。まるで名作RPGの第1作のパッケージのようだ。いや、歴史から言えばこっちが起源で、あれを描いた漫画家は天からインスピレーションを得たのだろうか。 『人間には龍をも凌駕する力がある』 この言葉が当てはまるのは、神話やゲームの伝説の勇者などの類だろう。意味は深く考えないことにした。
次にハクシキじいに連れてこられた部屋では、王よりも体長が一回り小さい25mくらいの山吹色のドラゴンが、右半身を下にして膝を曲げて、巨大な毛布の上に下半身丸出しで横たわっていた。部屋にはハクシキじいと同じくらいの大きさのグリーンドラゴンが3匹控えていて、汗をぬぐったり扇子で仰いだりと看護に勤しんでいる。 「タツノシン王子様、ご安心くだされ。下界より名医を連れてきましたぞ」 「……ハクシキじい、苦労をかけてすまない。この件、じいに相談してよかった……」 額に脂汗を流しながら王子が答えた。どことなく父親の面影があるが、青年になりかけのような若々しさがあった。 「それで、王子が病とお聞きしましたが、どのような病状なのでしょうか?」 「では、驚かないで聞いていただきたいのですが……」 ハクシキじいが私にそっと耳打ちした。 「……べ、便秘っ!」 「実は王子はここ3週間ほど便通がなく、腹痛で苦しんでおられます。どうやら直腸の奥で便が固まって塞がっているようなのです。このハクシキ、王子の為ならたとえ火の中水の中ですが、肛門の中までは身体が大きくて入れません。代わりに便秘のもとを取り除いてはいただけませんでしょうか?」 「冗談じゃありませんよ! そんなこと前代未聞です! 第一、なんで私じゃなきゃいけないんですか!」 「牝牛の肛門に腕を入れているのを見かけましたもので……てっきり穴をほじるのがお好きなのかと……」 「それは仕事で、生活のためにしぶしぶやっているんですよ!」 鼻息を噴き出して反論していたら、鼻毛がむず痒くなって、無意識のうちに鼻の穴をほじくってしまった。これでは相手にそう思われても仕方がない。 「……とにかく、これは好きでやってるんじゃないの! そういう依頼なら、肛門ネタの小説を書いている人にでもしてくださいよ! なんで私が!」 「そのうえ、肛門に入れやすそうな体型をしておられますし……王子に万一のことがあれば、我が国の存続が危ぶまれます。この通り、無理を承知でどうかお願いいたします! 報酬はなんでも差し上げますので……」 ハクシキじいはそう言って跪《ひざまず》き、土下座をしてきた。そこまでされると断りづらくなってしまう。私も獣医の端くれではあるし、弱っている生物を放ってはおけない。国家規模の報酬も魅力的ではあるし。 「……わかりました。気は進みませんが、この施術、お受けします」 「引き受けていただけるとは、ありがたき幸せ。では、肛門潜行用の作業服にお着換えください。下界から材料を調達して作っていたのですよ」 運ばれてきた作業服は、全身真っ白で、顔の部分に丸いアクリルのようなものがはめ込まれており、まるで宇宙服のようだ。臀部からは消防車のホースのような管が伸びている。長く伸びた管の先は漏斗《じょうご》のようになっていて、お付きのグリーンドラゴンが代わる代わるに吐息を吹きかけていた。ビジュアル的に気色悪いが、肛門の中で呼吸するためには仕方がない。 作業服のボディ部分に身体を入れていった。背中のファスナーを閉めて頭部をかぶり、首周りをファスナーで一周して、頭頂部のヘッドライトを点けっぱなしにして装着が完了した。吐息が哺乳類用に最適化されているのか、被り物でも息苦しくなく適度な温度に保たれている。しかし腹回りが私のサイズに合わせて伸縮したため、着付け用の鏡で見た姿はダルマに手足が生えたようでもあり、幼少期に再放送で見た落花生怪獣の着ぐるみのようでもあった。そして用意されていたローションのような粘液を作業服に塗りたくった。これで腸壁を傷つけることもないだろう。 「では、気が進みませんが行ってきます!」 いざ肛門に入ろうと腕を突っ込んで開こうとしたが、2mほどもある肛門は固く閉じていて人間の力では開きそうにもない。 「王子様、お尻の力を緩めてください~!」 呼びかけると肛門の括約筋が緩まった。この隙に入ろうとしたが、緩まってから戻るまでの時間がまちまちなので、肛門に挟まれる恐怖もあり、どうしてもタイミングが計れない。なにかいい知恵はないものか…… ドラゴンの生態を分析しようと、この国に来てからのことを振り返ってみる。ええと、あんなことがあったから……よし、妙案を思いついた! それをハクシキじいに伝えると、すぐさまお付きのドラゴン1匹を部屋の外へ使い走りに出してくれた。しばらくすると、部屋のドア越しに楽隊の演奏に合わせての国歌が聴こえてきた。 「王子様、聞こえてくる国歌の拍子に合わせて、肛門に力を入れたり緩めたりしてください!」 私がお願いすると、肛門がリズミカルに躍動し始めた。これならタイミングを計れるぞ! 『く~も~に~い~だ~か~れ~ そ~び~え~た~つ~』 ズニュ、ネチャ! 二拍子に合わせて『つ~』のタイミングと同時に頭から突っ込み、ついに肛門内部へと突入した! 腸、腸、腸、腸、腸、腸、腸、腸! 四方八方が腸壁だらけの世界だが、不思議と母親の胎内に回帰したような心地よさも感じる。 はて、ヘッドライトで周囲を照らしてみたところ、内部が意外と綺麗なのに驚いた。てっきり糞が詰まっていると思ったが、腸壁には便の残滓はほぼ付いていない。浣腸などの手段はとったが、詰まっている部分から先だけきれいに洗い流されたということだろうか。とにかく奥に進むしかない。腹の中にもかすかに二拍子の国歌が聴こえてくる。拍子に合わせて緩急する力が腸内にも伝動している。ループして流れ続けているので、タイミングを合わせて、ウネウネと蠢《うごめ》く腸壁を踏みつけて奥へと進んでいった。 ムチュ、ニュワ、グギュギュルゥ…… 腸壁の反動を感じながら進んでいると、何かに足を取られた。照らしてみると白い繊維質のようなものが絡んでいる。うげえ、蟯虫《ぎょうちゅう》か! ……と思ったが、よく見ると未消化の肉の筋であった。さすがは王族、いいものを食べていて虫下しもしっかりと飲んでいるのだろう。作業服の手袋は精密作業にも対応しているので、足から腕に絡めとることができた。 ヘッドライトで照らしながらさらに進むと、オレンジ色の直径1mほどの球体が腸管を塞いでいた。おかしい、なぜこのようなものが? スーパーボールのような質感から判断すると、生物の頭蓋骨とも巨大なイクラとも思えず、宝珠の加工品のようだった。便秘の原因がこれなのか? 球体の向こう側に回り込んで押せば取り除けるかもしれない。腸管と球体の間に無理やり体をねじ込み、奥側に入ると、そこにはまた同じ大きさの球体が連なっていた! 球体に挟まれては力を入れられないので、さらに乗り越えると、今度は3つ目の球体があった。さらに乗り越えたら、3個目と4個目の球体をつなぐように、直径50㎝ほどのしなやかな棒が1mほど伸びていた。スペースに余裕はあるものの、棒が邪魔で力が入れられない。仕方なく4個目も乗り越えると、5個目の球体。げんなりしてきたが最後まで進むしかない。5個目、6個目、7個目と潜り抜けたら、表面がヌラヌラとした茶色の塊が7個目の裏側に接触していた。これは球体に阻まれて出てこなくなった便塊だな。 まず、球体の1個目と7個目の間を何回も往復してみた。これで作業服のローションが球体に付いて滑りやすくなっただろう。 7個目の球体に右手を回しながら、左手でホースを3回引っ張った。前もって打ち合わせていた緊急脱出の合図である。すぐにホースが肛門側に引っ張られた。この力も加われば7連球体を動かせるかもしれないぞ! ブチブチッ! バリリッ! 嫌な音が大腸内に鳴り響き、引っ張る力が抜けた。作業服のホースが、縫い付けられている部分から引きちぎれてしまったのである! 尻の部分が破れ、猛烈な臭気が入り込んでくる! 牝牛の糞便臭とは比較にならない臭いだ! このままではメタンガスが充満し、呼吸ができなくて死んでしまう! なんとかここから脱出しなければ!
とにかく穴を塞ぎたい! 破れた尻付近をまさぐっていたら、私服の尻ポケットの物に手が触れた。……紙マッチだ! これでなんとかなるかも! すぐさま宿便の中に手を突っ込み、中身をほじくり出す。腕に絡みついてる肉の繊維を紙マッチに結び付け、ほじった宿便の空洞の中に埋め込む。球体を4つ乗り越えて接合棒にしがみつき、肉の繊維を勢いよく引っ張った! 爆発音が聞こえ、球体が連動して動き出した! ここからでは見えないが、引っ張ったことで紙マッチが擦れて火が付き、宿便内のメタンガスに引火して、爆発してジェット噴射のようになったのだろう。その勢いで7連球体とともに大腸を滑って行った。あとはタイミングが合ってくれればよいのだが…… 国歌の『はらからよ~』の部分を聞き終わった。さらに大腸内を滑っていく。ちょうど肛門が開くタイミングの『ダス~』の部分で、1個目が肛門から排出されたようだ。 「ンアッ!」 王子の叫び声が聞こえてきた。まるで『ド』のような音である。続いて2個目、3個目が排出され、王子の叫び声も1音ずつ上がっていった。 「アッ、ナァッ~!」 そして棒にしがみついている私も、1個の塊となって肛門を通過していった! 王子の叫び声がまた上がっていく! 「ファ~ッ!」 その後は残りの球体、4、5、6、7個目が連続して排出された! 「ア、ア、ア、ンアッ~~!!」 国歌の『あっあ~、あすもいく~』の部分に王子の1オクターブ分の叫びが重なり、まるで子供が初めておつかいに行くときに流れるようなメロディが室内に響き渡った。ともかく、これで脱出成功だ! 久々の外界の光がまぶしい。棒から離れると、2匹のグリーンドラゴンが近づいてきた。 「よいな、すぐにウォータードラゴンのもとで洗浄し、誰にも見られぬように玉座に戻しておくのだぞ!」 ハクシキじいの指示を受け、お付きのドラゴン2匹が棒に布をかぶせて部屋から運び出していった。 「おおっ、ホジロウ殿、ご無事でなによりでございます!」 「なんで大腸の中にあんなものが! ハクシキさん、あの指示の出し方から見て、あなた知ってましたよね? どういうことか説明してください! こっちは死ぬところだったんですよ!」 言葉に詰まるハクシキじいに代わって、王子が口を開いた。 「ごめんなさい! 3週間前、父上が玉座に成龍活殺棍《せいりゅうかっさつこん》を置き忘れているのを見て、つい自分の部屋に持ってきちゃったんだ。それでお尻に入れて遊んでいたら、つい奥まで入れすぎて取れなくなっちゃって……これが父上にバレたら、どんなに叱られるか……」 「リュウゲン王様は厳格なお方ですので、叱責どころではなく王子の王位継承権を剥奪なさるかもしれません。そうなると継承権を巡っての騒乱が起き、下界にも飛び火することにもなるでしょう。どうか、このことは内密にお願いします!」 頭を下げるハクシキじいを見て、王子がむっくりと起き上がった。痛みが残る肛門をかばうように、ガニ股で腰を下ろして両手を組んでウルウル瞳で懇願してきた。 グギュギュ、ギューグルル、グオゴゴゴゴ…… タツノシン王子の腹から、惨劇の幕開けのような不吉な轟音が鳴り響いた。王子、その体勢はおやめ下さい! それだと肛門と直腸が垂直になって、重力に引かれて…… ムリムリッ! ブリュリュ! 肛門から溜まりに溜まった宿便が棒状に排出されてきた! ひり出された一本糞が目の前の床へ接地するが、排便される勢いは止まらないため、力のモーメントが傾きを与えるように作用し始めた! 「こっちに倒れますぞぉー! ホジロウ殿、お逃げくだされ!」 私とハクシキじいが大慌てで左右に分かれて飛びのく! その間を直径2mほどもある一本糞が倒れこんできた。間一髪で助かった! ……そう安堵する暇もなく…… ブリブリッ! ムニュッ! ミチミチ! ムリムリムンモッー! 「痛い! いったーい! でも、止まんないよおっ! 出るぅ! 出ちゃうー!」 王子の脱糞の勢いは衰えることもなく、さらに痛さで泣き叫びながら腰を回転させるもんだから、回転のモーメントも加わって私の右手側に一本糞が接地していった。高さが2mほどあるので乗り越えられるものではない。慌てて振り返ったが、そこにも糞が接地しており、円を描くように出し始めの糞に載りかかっていた。 しまった、なんて運が悪い! 回転する側のほうに飛びのいてしまったとは! ハクシキじい側が巻き込まれればよかったのに! 『しかし、まわり囲まれてしまった!』 頭の中にそんなメッセージが出ているうちに、回転しながら排出される一本糞は2段目、3段目、4段目……と積み重なり、かすかに光が見えていた頭上さえも塞がれてしまった! 巻き糞の中に閉じ込められてしまった! 糞、糞、糞、糞、糞、糞、糞、糞! 四方八方が糞の糞地獄だ! 幸い巻き糞の空洞内にいるので便に触れてはいなかったが、不安定な成型のため天井が潰れてくるのは時間の問題だろう。それ以前に、この猛烈な臭気! スカトールとインドールとメタンガスを吸い込んで、窒息死するのが先かもしれない。どうにかしてここから脱出しなければ! 巻き糞からの脱出だ!
闇の中で四方八方をヘッドライトで照らしてみると、底辺と高さが同じくらいの長さで、斜辺が円弧のようにくぼんだ直角二等辺三角形のような形の隙間が見えた。半固体状の巻き糞の1段目に覆いかぶさるような形で2段目が乗り上げているので、物理的にこのような形状の隙間ができるのだろう。肛門の直径が2mとすると、出てきた一本糞の直径も約2m。しかし先端の直径は先ほどのメタンガス爆破により潰れていて、半分の1mほどしかないようだ。 そのため隙間の高さは自分の身長より低いので、大便に挟まれずに通り抜けられるかは計算してみないとわからない。 この命題をわかりやすく置き換えると、 「一辺が1mの正方形ABCDの頂点Aを中心とし、頂点BとDを結ぶ半径1mの円弧を作図する。この円弧BDと辺BCと辺CDに接する円の大きさを求めよ」 という数学のような問題になるか。もたもたしている暇はない。命がけの巻き糞方程式を解き明かすぞ! まず正方形の対角線ACを引き、円弧との交点をEとする。この点Eと辺BCと辺CDに接するように円を作図し、中心点をO、辺BCとの接点をF、辺CDとの接点をGとする。 まず対角線ACの長さを求める。三角形ABCは∠ABCを直角とする直角三角形なので、ピタゴラスの定理が成立する。ABの2乗+BCの2乗=ACの2乗だ。方程式を解いてもいいが、ABもBCも1mなので、ここは手っ取り早く1:1:√2の直角三角形の暗記パターンに当てはめよう。AC=√2mだ。 √2の語呂合わせは何だったっけなあ……記憶をまさぐると、幼少期に見た剣術アニメの主題歌の歌いだしが浮かんできたぞ! ひとよひとよにひとみごろ、1.41421356だ! 時間もないので小数点3桁以下は切り捨てて、AC=1.41mにする。 EC=AC-AEで、AEは半径1mの円の半径と等しいので、EC=0.41mだ。 ここで求める円の半径であるOE=OF=OGをxとして方程式を立ててみるぞ! OCの長さは直角三角形OFCの斜辺だから、先ほど同様に三角比により1:1:√2の比率で底辺と高さがxになるから、OC=√2x。EO+OC=ECなので、x+√2x=0.41 という一次方程式が立てられたぞ! あとはxを求めるだけだ! 左辺は(1+√2)xだから、1に1.41を足して2.41x。xを求めるには両辺を2.41で割ればいいから、x=0.41÷2.41。この計算には電卓が欲しいところだけど、子供のころ通わされた学習塾で鍛えた暗算力で乗り切った。約0.17だ。 これは求めた円の半径だから、直径は2倍にして0.34m。これだけではまだ円の大きさがイメージできないから、円周を求めてみる。円周は直径×円周率。円周率を3.14とすると、0.34×3.14=1.0676m。センチメートルに換算すると約107cmだ。私のウエストは99cmだから、腹ばいになればギリギリ通れるという結論が出たぞ! 確証が持てたのであとは実行するだけだ。作業服のままだとかさばって107cmを超えてしまうので、すぐさま脱いで表面にまとわりついているローションを腹周辺になすりつけた。概算に概算を重ねた結論なので不安は残るが、こうなったらやるしかない! 私は隙間めがけて勢いよくヘッドスライディングで突っ込んでいった! 巻き糞からの脱出、バック・トゥ・ザ・現世だ! 「現世、よろしくお願いしまーす!」 ズズズッ、ズズズサー!
……目を開けると室内の光に包まれていた。脱出成功だ! 「おおーっ! ホジロウ殿、あの状況を切り抜けるとは、なんという知恵と勇気! 感服いたしました!」 ハクシキじい、感心している場合じゃないよ! こっちの気が済まない! 「とにかく、異物を入れてしまったのなら前もって言ってくださいよ! それなら対策しようもあったのに!」 「申し訳ございません! この件は、どうしても内密に進めたかったもので……タツノシン王子の名誉を守るため、誰にも言わないでくだされ!」 「僕からもお願いするよ~! 父上の前では、真面目な聞き分けのいい子でいたいんだよ~! 頼むよ、このことは父上には漏らさないで~!」 涙と鼻水とよだれを溢れ出させ、ガニ股の下半身から糞汁などをポタポタ滴らせながら王子が懇願してきた。王子様、いろんなものがダダ漏れですよ~。王族の名誉のために、漏らしているものをいちいち言及しませんけど。 「わたくしのほうからも、誠心誠意を見せて謝罪いたします! 王子のためならば、どんな恥辱にもまみれる覚悟はできております!」 ハクシキじいが床に両膝をついた。ううえっ、目の前に王子のひりたてホッカホカの巻き糞が湯気をあげて堆積しているんですけど…… ズボズボッ! ムニュニュ! おかまいなしに、両手と顔を糞の中にめり込ませやがった! 「……うぷぅ、むおおっ、どうか、どうかお許しを……お許しください!」 「わ、わかりましたから、こんな真似はおやめください! 許します、許しますから! そこで口を開くのもやめてってば!」 私の静止にも関わらず、13秒以上も土下座の体制を保ってからハクシキじいは顔を上げた。ここまでの謝罪をされちゃほっとくわけにもいかない。 「おおっ、お許しいただけてこの上なく幸せです。ホジロウ殿、ありがとうございます」 顔も眼鏡も黄土色に染めたハクシキじいが、明後日の方向を向いて礼を述べてきた。……私はこっちですよ。上半身ウンコまみれで近づかないでほしいから言いませんけど。 「ハクシキさんの謝罪に免じて、このことは黙っておきますよ。王子様、これほどの味方がいること、忘れないでくださいね」 「うん、わかったよ。もう二度とこんなことはしないから。……でも、さっきの凄く痛かったけど……またいつか……ううん、いや、何でもないよ!」 赤面した王子の肛門も赤くなってはいるものの、切れてはいなかったので、これなら明日には回復するだろう。 こうして事態は丸く収まったけど、大丈夫かなあ、この人たち。
戻ってきたお付きのドラゴンに浴室に案内され、ウォータードラゴンから噴出されるシャワーのような吐息を浴びた。これで若干臭いは薄まるかな。その後に案内された客間には、人間用の寝具が用意されていた。疲労も心労も重なっていたため、すぐに眠りについた。 翌日、ゆっくりと目覚めて身支度をしていると、お付きのドラゴンに玉座の間に案内された。玉座にはリュウゲン国王、その隣にはタツノシン王子が座っており、重鎮とも思える大小さまざまなドラゴンが傍らに控えている。 「そなたの活躍により、タツノシンの病が治ったと聞く。このたびは大儀であった。息子の快気を祝い、ホジロウ殿の活躍を称えて友好を深める食事会を開くので、ゆっくりしていくがよい。ものども、鉄板焼きの準備を始めよ!」 リュウゲン国王が右手で鉛筆回しのように弄んでいるものをよく見ると、三連団子と四連団子を持ち手の串の部分でつなげたような、オレンジ色の7つの玉がしなやかな棒で連結されている形状をしていた。そうか、7つの龍の玉を集める冒険活劇漫画を描いた漫画家は、天からインスピレーションを得たのだろうか。……あれ、こんなことを前にも考えた気が? 「余の成龍活殺棍も、なにやら知らぬうちに玉座に戻っておった。めでたきことばかりであるな。……はて、しばらく見ぬ間に匂いが変わったかのう?」 国王が成龍活殺棍を顔に近づけて首を傾げた。それ、王子のお尻に入ってたことは、知らぬが仏ですよね。 4mほどの赤いドラゴンの群れが、鍋掴みのような手袋をはめて、分厚い鉄板をお神輿のように運んできた。続いて黄色いドラゴンの群れが、スライスされた肉をバットに入れて運んでくる。よく見ると、身長2mほどのミノタウロスやオークの死体も混ざっていてグロテスクだった。黄緑色のドラゴンが野菜を入れたボウルを運んできたが、肉の総量に対してはつけあわせのパセリのように微々たるものだった。 赤いドラゴンが両手で鉄板を持ち上げ、口から吐いた炎を直射させた。黄色いドラゴンは、ミノタウロスとオークの死体の骨や内臓を必死に取り除き、丸焼きのための下準備をしているようだった。 王がトングのようなもので肉を鉄板上で焼き上げると、王子も続いて焼き上げる。王族が焼肉パーティーとは妙な感じだが、使用人の手間を考えると国家権力を知らしめる場でもあるのだろう。 この料理は人間には大きすぎるし、未知の怪物の肉など食べないほうがいいな……と考えていたら、ハクシキじいが配膳用カートを押してこちらに向かってきた。 「ホジロウ殿には、人間向きの料理をご用意しましたぞ」 んっげえ、これ、カレーライスじゃん! しかもソーセージのトッピング付き! 「人間のソウルフードだと聞いておりましたので、下界から材料を調達して再現したのですが……お気に召しませんでしたかな」 私の脳裏に昨日の悪夢のような光景がフラッシュバックしたが、ラスボスのような王の威圧感もあり、食べないわけにはいかない。しかも、にこやかに近づいてくるハクシキじいは風呂には入ったようだけど、白髭が薄黄土色に染まっていて残り香を漂わせている。 『臭いからこっちくんな!』 とは言えるはずもなく……涙目で糞便臭を嗅ぎながら茶色のカレーを頬張った。異文化交流とは難しいものであるなあ。
「今日はめでたき日だ! 我が国の安寧と発展を称える国歌を流すがよいぞ!」 王の命令により、楽隊のドラゴンが部屋に並び立ち、国歌を演奏し始めた。この曲はちょっとヤバいのでは……と思ってタツノシン王子のほうを見ると、国歌の二拍子に合わせて尻に力を入れたり緩めたりしている。変な癖、つけさせちゃったかなあ。 「ほれ、そこのミノタウロスの腹側が焼けておるぞ。余がひっくり返しておくから、肉汁がしたたり落ちる寸前のタイミングでとるのだぞ。大臣よ、食が進んでおらぬではないか。そこのオークが食べごろなので、じゃんじゃん食べるがよいぞ」 この国王、なかなかの焼肉奉行ぶりである。付き合う家臣も食事を味わうどころじゃないだろうなあ……そんな空気を察することもなく、上機嫌な国王は、恰幅もよく高級そうなミノタウロスの希少部位やオークの丸焼きを頬張っていった。どこの世界にも、こういう偉い人っているもんだ。 そうこうしているうちに、国歌はサビにさしかかろうとしていた。王子様、ますますヤバくなってきたのでは…… 「父上、ちょっと席を外して、自室に戻りたいのですが……」 「どうしたのだ? 体調が回復してないのであれば、先に申せと命じたはずだぞ。食事会とはいえ、客人をもてなす公務の場でもあるのだぞ。それを中座するとは、王位継承者としての自覚が足りないのではないか? だいたい、日々の体調管理も国の象徴である王族の重大な勤め。それを怠って病に倒れるのも……」 「あっあー、父上―! お小言はあとで聞きますので、今は、いかせて下さーい!」 不満そうな王を尻目に、王子は股間と尻に手を当てながら勢いよく部屋を飛び出していった。 『あっあー、あすもいくー!』 その直後に国家の歌い終わりが流れた。王子は間に合ったんだろうか……昨日あんな凄まじい体験をしたばっかりだからなあ。 「まったく、いくつになっても子供らしいところが抜けきっておらん。もっと大人らしい振る舞いをしてほしいものだがのう」 王がつぶやいた。いや、そもそもの発端がオトナな理由なんですけどね……
王子が退席した後、焼肉パーティーは盛り下がるように終わった。締め際に褒美として大量の財宝を差し出されたので、その中から黄金塊と大粒の真珠の山を選択した。日本ではどんな価値がつくのかわからない未知の宝石類より、一般人が表ルートで換金するのに都合が良かったからである。あの経験上、黄金と真珠ってちょっと嫌な組み合わせではあるけど……大量の褒美を大袋に詰めて体にくくりつけ、ハクシキじいに山奥の自宅まで送ってもらった。 「では、これでお別れですな、ホジロウ殿。我々のことはくれぐれも内密にお願いしますぞ」 この褒美には口止め料としての意味もあるわけか。まあ、こんな体験談、手記や小説にしたところで頭のおかしい人と思われるだけだろう。 「決して口外しませんのでご安心ください。ハクシキさんもお元気で」 それを聞いて微笑んだハクシキじいは天高く飛び上がっていった。別れの寂しさより、とんだ目にあったことから解放された安堵感のほうが勝っていた。
そして私は持ち帰った財宝を適度に換金し、一生遊んで暮らせるほどの巨万の富を手に入れた。こうなるとしぶしぶ牝牛の肛門に腕を突っ込まなくてもよい。獣医の仕事をすぐ辞め、数ランク上の贅沢品に手を出した。札束をチラつかせ好みの女性を侍らせることもできたのだが…… 身長やスリーサイズや顔パーツの些細な大小にこだわったり、金銭のあるなしで人の価値を判断する。一度ドラゴン世界の壮大なスケールを体験していると、そんな人間界のどれもこれもがスケールも尻の穴も小さなくだらないことに感じられた。 獣医は辞めるべきではなかったかな……仕事の需要があって、誰かに必要とされて牝牛の肛門に腕を突っ込んでいたほうが充実した日々だったかな…… そんな後悔を抱きながら、巨万の富で手に入れたクルーザーで一人でくつろいでいた。あのアースメルダスの体験も懐かしいな……そう思いながら爪の間の残り香を嗅いでみた。さすがに1か月も経つのでもう残ってないだろうけど……と考えていたら、うわっ、くっせえ! 上空から臭ってくる。さらに聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「ホジロウ殿~! どうか、またお力をお貸しくだされ~!」 半分が薄黄土色に染まった髭から糞便臭を漂わせて、ハクシキじいが目の前に降り立ってきた。 「どうしたのです? まさか、王子の病状が悪化したのですか?」 「……詳しくは後でお話ししますが、当たらずも遠からずと言うべきなのか……とにかく、また王国まで来ていただきますぞ!」 こうして私は再びハクシキじいにつかまれ、アースメルダス王宮まで浮上した。そして玉座の間でも王子の私室でもない、装飾が豪華な扉の中に案内された。中ではリュウゲン国王が毛布が敷かれた床の上に右半身を下にして横たわり、脚をまげて装飾品を外した下半身を丸出しにしている。ここは国王の私室なのか? 「これはいったい、どういうことです?」 ハクシキじいが思案している間に、王が苦しそうに答えた。 「息子の一件で、先立たれた妻を思い出しておったら寂しくなって……愛用の成龍活殺棍が戻ってきたこともあり、久しぶりに尻に入れて遊んでおったら……その、つい奥まで入れすぎて取れなくなってしまって……頼む、このことはどうか内密にしてくれ。一国の王ともあろうものがこんな遊びをしていたと知られたら、国家の威信が揺らぐほどの一大事となってしまうのだ」 「お言葉ですが王様、説明が多少異なりますぞ! ……まあ、あの、その、王様が尻もちをついたら、そこに成龍活殺棍が立っていて、尻に入ってしまっただけのことですぞ!」 取り繕うようにハクシキじいが懸命にフォローしていた。この人もやらかした王族の尻拭いで、いろいろと大変なんだろうな……成龍活殺棍の両端は球なので、床に立っていたという説明は無理ありすぎですよ! 「おおっ、そうであったな。頼む、そういうことにしてくれ……お主は息子の肛門の中に入り、糞便をほじくって便秘を解消したと聞く。余の肛門の中にも入って、秘密裏に棍をほじくり出してはくれまいか……頼む、この通り、お願いだ……息子の前では、威厳ある尊敬すべき父親でありたいのだ……」 国王が両手を合わせてウルウル瞳で懇願してくる。この国王も王子同様で、親子なんだなあ…… その時、王の部屋のドアが激しくノックされ、懐かしいタツノシン王子の声が聞こえてきた。 「父上、お体のご様子はいかがですかー! 私もお側で力になりたいのですが……中に入れてください!」 「もう、これ以上、中に入れるのは……入れては、いや、入ってはならんぞ! 自室に戻っておれ!」 「……わかりました父上、自室で回復をお祈りいたします」 ノック音と王子の気配が消えた。脂汗をダッラダラと流しながら取り繕う王の姿は、秘め事中に家族に部屋に入られそうになった中学生のようでもあった。 はじめはドラゴンを怪物の類かと思っていたけど、妙に人間臭いところもあるんだな。ますます、この親子を救ってあげたい! 小手先の治療ではなく、根本から解決しなくては! 私はリュウゲン国王に向き直った。 「王様、この件は確かにお受けいたしますが、条件があります。施術が無事に終わりましたら、タツノシン王子に事の経緯を全て打ち明けてください!」 「……な、なんと、リュウゲン国王に対して進言とは何という無礼な! ホジロウ殿とて聞き捨てなりませんぞ!」 「待てハクシキ、今はこの者だけが頼りだ。耳を傾けようではないか」 さすが一国の王ともあって、尻の穴の大きなことを言うなあ。 「では、耳の穴かっぽじってよくお聞きなさい! リュウゲン様とタツノシン様は、王と王子である前に、父と子です。父が子を思う心、子が父を思う心、肛門に物を入れて遊びたいと思う心、それらは人間でも龍でも王族でも変わりはないはずです。それに、王様もかつては王子様のような多感な時期を過ごされていたはずです。その頃に戻って、包み隠さず腹の内をさらけだしてはいかがですか? 大丈夫ですよ、あれほど父親のことを慕っておられる息子さんです。本当のことを知ったからといって、嫌いになったりはしませんよ」 「おおっ、そうであるか……さすがは龍殺しとも呼ばれる人間、一つ一つの言葉が心に突き刺さるのう……未知の困難や、自分よりも大きなものにも立ち向かうその勇気。真の勇者とは、お主のことかも知れぬな。わかった、事が済んだら息子に打ち明けると、一国の王として約束しよう……ううっ!」 ボブッ、ブププゥ~! 安堵して気が緩んだのか、肛門も緩んで部屋中に王のオナラが放出された。腸内で腐った肉にスカトールとインドールをまぶしたような猛烈な悪臭だ! 引き受けたこととはいえ、こんなのの発生源に入るのか……怒りがメタンガスのように爆発した! 「それに、肉ばっかじゃなく野菜も食べろ~! 肛門に入る人の身にもなってみろ~!!」 「ひいいっ、すびばぜんっ! これからは野菜もちゃんと食べて便臭を良くします!」 うろたえるリュウゲン王の傍らで、ハクシキじいがクンカクンカと鼻の穴を動かして白い顔を赤らめさせていた。あんなウンコ土下座をしたので、開眼しちゃったのかなあ。 そして以前と同じように一通りの準備と指示を済ませ、国歌の二拍子に合わせてヒクついてる肛門の前に対峙した。王子のよりも一回り大きく2.5mはある。大腸もさらに長いと思われ、長く苦しい旅路となるだろう。しかし私の心は恐怖よりも、再び誰かに必要とされている使命感と、肛門を探求できる好奇心で満たされていた。 バック・トゥ・ザ・肛門。
肛門の探検はこれからだ!