「7」、それは様々な意味がある。  それは完全。  それは全て。  それは安息。  それは宝。  それは福。  それは徳。  それは大罪。  このように「7」はその意味合いが見方によって全く違うものになる。この世界の者達はその「7」に縛られている。  例えば種族。この世界は獣人で溢れているがその種族は7つの種族、犬族・猫族・爬虫類族・鳥族・魚族・虫族・妖族に分かれ、それぞれ領域を侵す事なく人々は生きている。そしてその数から増やす事も減らす事も神に背く大罪として、種族の存亡を懸けるものとして、法律として、絶対の決まりとしていた。それを遵守する事が安寧への道となると信じられている。そして、その事から間違いを起こさないように、そして確実に子孫を残すためにこの世界の者達は「管理」されている。  その「管理」とは何か? 細分化して話すと理解するのにも時間を要するため、簡易的に説明する事としよう。  「管理」、それは確実に種を、子孫を存続させるための手段。他種族との交流を一切禁じ、他種族との交流が起きないように、毎日のように家族との生活でさえ監視され、子を残せるかどうか、体質に変化がないかの健診を定期的に行われている。それは子どもも例外ではない。子を残せるかどうかの健診は体の成長が未熟である幼少期は割愛されるにしろ、他種族との交流を排除するように制限を課せられている。もしこれを破るものなら「処分対象」として世界を統べる上層部によって連行されてしまう。もちろん、子どもも例外ではない。皆、それを恐れている。かつて秘密裏に逢瀬を交わしていた者達も存在したが、監視下にあるこの世界では例外なく「処分対象」となり、同じ場所に帰る事は二度となかった。  さて、「7」に縛られているとしてもう一つ例を出そう。  それは法。この世界は7つの法によって世界の安定を図っている。 一、他種族間への干渉は一切認めない。 一、いかなる理由でも他種族の領域を侵さない。 一、各種族は指定された居住区で住まいを築くこと。 一、種族問わず、一般人は武力となるものの所持を禁ずる。 一、定期的に検査を必ず受ける事。子に関しても例外無し。但し、やむを得ない場合はその限りにあらず。 一、求められた場合、個人情報並びにそれに関連する物証は必ず全て開示せよ。 一、何らかの理由で住まいを離れる、または戸籍に変更が生じる場合、漏れなく申告せよ。  正直、この法ではとてもではないが大雑把だと言うしかなく穴を探せばいくらでも見つかりそうなものだ。しかしながら、意外にもその法は遵守されていて「管理」が機能している事もあってか、混沌とした世になっていない。世の不思議に認定されても良いかもしれない。  どうしてこうも「7」というものに縛られているのか、それが絶対のものであると定義づけたのか、今を生きるこの世界の者達は知る由もない。そして、それを知ろうとする者は居なかった。  それは禁忌だから。  それは知ってはいけないものだから。  それは均衡が崩れてしまう事だから。  それが人々の思いだった。 「管理」の名の下、身体の機能、体質の状態、交流の制限、生活の監視……来る日も来る日も自身の意思に沿う行動が出来ない。確かに子孫を残す事は確実に出来る。種が絶える事は絶対的になく、将来を約束される。でも、それは幸せなのだろうか? 自分の思いを殺してまで種を絶やさない後世の為のこの生き方は本当に正しいのだろうか? 疑問に思わないこの世界は異常ではないのか? この「7」は一種の呪いではないか……。

 今日も妙な機械に身体を通される。それで体質の状態や身体の機能に異常が出ていないか、すぐに検査結果が出るみたいだ。そして、その結果はこの世界のお偉いさんに共有され、何かあればすぐに処置にかかるという流れだ。そして、それで問題があれば原因がどんなものであれ「処分対象」となる。そういう流れだ。 「検査結果、異常なしです」 「よし」  検査結果に問題はなく、帰宅許可が下りた。こうなれば、さっさと家に帰るに限る。息苦しいこんな場所は長く居たくないに決まっている。外はこんなに気持ちいい陽射しがある晴天だってのに、気分は下がっていくばかりだ。  こんな世の中になったのも、昔生きてた人類が異種族愛を貫いたとかで種族間の諍いが起こって、他種族をも巻き込んだ暴動が起きたっていう歴史が語り継がれてきたせいだ。その愛に生きた二人は異種族愛の末にハーフの子どもを産んだって話もある。その二人がどんな種族だったのか、その三人のその後の生涯はどんなものか、それを知る事でさえタブーとされてる、ってもんだ。つまり俺達は何も知らない。知ってはいけない。  くそくらえ、だ。そんな目に見えない、何も知らないもんに縛られるままに自分の生き方を決められてたまるかってんだ。前に倣えで後に続くなんて性に合わねぇよ。 「またこわーい顔してるよ、ジスト!」 「……お前も検査終わったのか、アメリア」  俺の隣を歩く、幼馴染の小柄のパピヨンの犬族のアメリア。俺もアメリアと同じ犬族のジスト。俺はパピヨンじゃなくてハスキーなんだが。30センチほどの結構な身長差があるからか、アメリアは見上げて俺と話している。ほんと、ちんまいよな。 「ジストって検査の時は本当に機嫌悪いよね」 「……アメリアは検査に対して、何の疑問も持ってねぇのかよ?」 「まぁ、全く無いって言ったら嘘になるけどねー。でもさ、それってあたし達はもちろん、後世の人達の命を守るためって事ならしょうがないんじゃない?」 「そもそも、この世に生きるべきなのが7つの種族に限り、しかもその種族の増減を許さないのは何でか、さっぱり分からねぇよ」 「世界に生きる種族の急増を防いだり、逆に絶やさないようにバランスを保つため……とかじゃないの?」 「……そんな単純な理由じゃねぇと思うがな」  そう思うのには「処分対象」に関する事だ。確かに表面上は同じ場所に二度と帰る事はなかった、とある。が、どうも腑に落ちない。大抵、家族・友人の顔を見る事なくその場所に生きて帰る事はなかったと捉えられる。だが、それはあまりに抽象的表現だ。それだったら、そう言われてるはずだ。わざわざ同じ場所に二度と帰る事はなかった、なんて曖昧な表現をする必要なんてない。仮にそうじゃないとしたらただ単に恐怖を煽るだけなのか? 「こんな生活なんざ、この世界に軟禁されてるのと同じだろ」 「世界に軟禁されてる、かぁ……。そんな風に考えた事はないなぁ」  空を見上げる。晴れ渡った青空。雲一つない青。こんな広々とした空なのに見えない檻の中に居るような気分。でもそれを感じないのが普通なのか?  そう考えていたまさにその時、一つの音が辺りが響く。  銃声。  穏やかな時が流れる犬族が住まう閑静な住宅街に差し掛かろうしていた俺達の耳に届く日常に似つかわしくない音。火薬の匂い。俺はいつの間にかその方向に走り出していた。 「ち、ちょっと、ジスト?!」  正直、呼び止めるアメリアの声は俺の耳には届いていなかった。

 銃声が聞こえた場所へ辿り着いて目に飛び込んできたのは一人の妖族、狐の獣人。血を流して倒れている。 「動くな」  その側には大柄なゴールデンレトリバーの犬族の軍人。迷彩服をまとい、その手にあるハンドガンが鈍く光っている。周りに野次馬が居たが、ただならぬ雰囲気に見る事しか出来ない状態だ。 「我が国の絶対の法、種族間の交わりなど反逆だ。貴様がやっているのはそういう事か?」  冷たい声。感情を感じない。まさに心無い機械が喋っているかのように。 「ち、違……う、ただ、手紙を……届けたかった、だけ」 「手紙という手段も交わりの一つだ。いかなる理由があろうと許すわけにはいかない」  銃口を頭に向ける。引鉄を引けばそれで終わり。それでもこの軍人は何も感じないのだろうか。何の感情もないその顔に寒気を覚える。引鉄を引く事に何も躊躇いも見られない。 「わ、私は……どうなっても、良い。だが、この手紙を……どうしても届けなければならない、んだ。未来に繋げる、願いが……この手紙にあるんだ」 「だとしても、他種族との交わりなど言語道断。法の下、裁きを」  また銃声が辺りに響く。  横たわっていた狐獣人の手紙を持っていた手が地面に落ちる。嫌な臭いが鼻にツンとつく。辺りが静寂に包まれる。銃を懐にやり、その躯を丈夫な布にくるんで、近くに停めてある軍用の車に乗せてその場を立ち去っていく軍人。あれだけ居た野次馬はいつの間にか姿を消していた。見せしめの如く、地に転がっていたそれを見るのは耐えられないものだろう。 「あんな……あっさり裁かれるの……?」  いつの間にか側に居たアメリアが震えている。あまり見たくない光景だっただろう。俺ははち切れんばかりに拳を握りしめている。 「……狂ってやがる」  本当に心の底からそう思う。ただ、違う種族の居住区に居ただけで。ただ、手紙を届けようとしただけで。それだけで、こんな事あるか? この人にも家族が居たかもしれないのに……。こんなあっさり命って終わるもんなのか……?

 俺はしばらく立ち尽くしてた。アメリアも目の前の事で怖かっただろうに、つらかっただろうに、俺の側に居てくれてた。誰なのかも分からないあの人の事を考えて俯くと、ふと目につく。 「……手紙」  手紙は地面に落ちている。軍人はあれだけ手紙であったとしても他種族間の交流に繋がりかねんと言って手紙を押収していったはずなのに、何でここに? 「……ジスト? 何、してるの……?」  アメリアの声はまだ震えている。俺はいつの間にか手紙を拾い上げていた。中にはどんな内容が書かれてるんだろうか? 未来に繋がる願いが書かれてる、ってあの人は言ってたようだが……。その封を開ける。

 この世界の真実を知りたければ。  我々の元に来ると良い。  この先に未来ある者がこれを読んでいる事を願う。  願わくば、この世界の呪いを断ち切らん事を。

「何だ、これ……?」  そこに書かれてる文が何を意味しているのか分からない。それに誰に宛てられたものなのかも分からない。これと一緒に入っていた紙も見てみると、それはこの世界の地図のようだ。その中心にバツの印がある。そこは各種族の領域の境界線の中心地だ。そこに行けば何か分かるという事か? この見えない檻から出る、「7」で狂った世界が変わるのか? そんな確証も保証も一切なし。だが……。 「ね、ねぇ、ジスト、帰ろう……?」  声を絞り出したアメリアの方を向く。多分、俺が考えている事を分かっている。だからこそのその言葉だろう。無鉄砲に今すぐにそこに行くという選択肢はまだ俺にはなかった。こいつの……アメリアのそんな泣きそうな顔見てるとほっとけねぇっつーの。 「そう、だな。ここに居ても胸クソ悪いだけだしな。とりあえず帰るか。俺の家寄ってくか? メシ食ってけよ。今日、おじさんもおばさんも居ないんだろ?」  アメリアは激しく首を縦に何回も振ったかと思いきや、俺の腕に抱きつく。今日のアメリアのスキンシップはいつにもなく激しいもんだ。まぁ、でも、あんな光景見せつけられたら無理はないか。息を一つ吐いて家路へと急ぐ。

「うーん!! ジストの料理美味しいー!!」 「そんな大した料理じゃねぇっての。でも、そんな美味そうに食ってくれたら作り甲斐あるわ」 「あたしは全然料理出来ないからジストが羨ましいよー!!」 「お前はガサツだし、家事全般壊滅的だもんな」 「成長途中だしー! 腕を上げていつかジストに腰を抜かしてやるんだから!」 「へーへー期待せずに待ってるわ」 「ひっどーい!!」  プンスコと怒りながらも俺の料理を口に運ぶのは止めてないアメリアを見てるとちょっと心が休まる。いつものアメリアだ。今日は気分が悪い事が続いたし、この何気ない日常の光景が今は安らぎになるのかもな……。

 小さい頃からアメリアと一緒に居る時間は嫌いじゃない。俺は小さい時からそんなベラベラしゃべるタイプじゃないし、好き好んでグループでつるむって感じでもないから一人で過ごす事も多かった。だが、明るい人柄で友達の多かったアメリアは正反対の俺と一緒に居てくれた。アメリアの両親が仕事柄、夜遅くに帰ってくる事も多くて、それまでの時間、一人じゃ絶対行かないような所にアメリアは遊びに連れて行ってくれて、その後は俺の家で一緒にメシを囲う事もよくあったし、おふくろが作った料理にいつも美味しい美味しいと言いながら今目の前にある光景みたく、たらふく食ってた。  俺の両親はつい最近、病気で亡くなった。二人ともが重い病に罹ったようだ。その病は感染力のあるものらしく、俺も感染されてるのではないかという疑いがあって検査された。が、それは杞憂だった。俺はその病に対する抗体がある体質だとかで無事だった。検査を終えて一息という訳にもいかず、葬式を執り行う事になった。悲しむ暇もなく式を挙げられて、そのタイミングで親戚から自分達の所で暮らさないかとの提案があった。でも俺は親戚一人一人に丁寧に断った。若いって言っても俺も働いてる身だし、別に誰かに頼らないと生きていけないって訳でもない。両親から家事とか生きるための術は仕込まれてたしな。ただ、一番の理由は哀しいもんだ。  親戚の誰もが、俺の両親の遺産目当てってのが見え見えだった。葬式のタイミングで妙に擦り寄って来やがったし、ほぼほぼ初対面で、全然交流のなかった俺に妙に親切だったし、俺が聞いてないのとでも思ってたのか、俺の姿が見えない所で金の話ばっかしてやがった。その時から心に決めた。 「俺は一人で生きる」  家財も必要な分だけ残して遺産も合わせて大方処分して一人暮らしを始めた。親戚の慌てふためいてしつこく擦り寄ってくる様はあまりの情けなさに滑稽に思った。ずっと家族と暮らしていた家を引き払い、この居住区から離れた場所に住もうと思っていた矢先、アメリアの家族は寄り添ってくれた。純粋な気持ちで、変わらず交流が続いているのがこのアメリアとその両親だ。親同士の仲も良かったし、アメリアの家族は本気で俺を心配してくれていて、俺が一人暮らしして間もない頃はよく俺を手助けしてくれていた。今でも何かと気にかけてくれていて感謝している。

 この世界に対する不満はあるが、この日常だけは満足している。俺が考えていた事はこの日常を捨てるかもしれないって事だ。このまま何もしなければこの日常は変わらない。不変の幸せ。これも「7」の呪いによる幸せなのか……。どうも複雑な気分だ。

「ほひゃわひー!!」  考え込んでる俺の耳にその声が響く。いつの間にかアメリアが俺の料理をひとしきり食い終わって……ってより、咀嚼しながらおかわりをせがんでるアメリアに思わず苦笑する。 「ちゃんと飲み込んでからしゃべれ。それに……食い過ぎると太るぞ」 「んむぅ……ふぅ。だって、ジストの料理美味しいし!!」 「褒めたって何も出ねぇぞ」 「別に下心ないよー! それにちゃんと体型や体重はコントロールしてるから問題ないもん!」 「どうだか……。デザート欲しくても今日は買い物行ってないから無いし、体重はともかく、体型気にしてずっと腹さすってる辺り、発言しても説得力ないからな」 「そんな所見ないでよ変態!」 「いや、見たくて見てるんじゃねぇっての」

 ああ、そうか……。そういう事か。もしかしたら、そういう事なのかもしれないな。  分かっていなかった。いや、分かってないふりをしていた。だからこそ、迷っていたんだ。揺らいでいたんだな。 「……悪い、アメリア」 「へっ……?」 「いや、何でもない」  情けない自分。でも、それで良い。こいつが……アメリアが側に居てくれるなら。

 メシも食い終わって一息。テレビを見ていた。報道番組を見ていたが、俺達の前で起きたあの出来事は何も報道されていない。それさえ「管理」されているが故か。気持ち悪い。これも不変なのか。  ふとアメリアが携帯電話を見る。だが、その画面には何の通知も入っていない。通知更新してみるも、やはりない。 「うーん、お父さんもお母さんも遅いなぁ。泊まりでもないのになぁ」 「確かにな。夜遅いのは分かってるけど、今日はだいぶ遅いな。仕事長引いてるのか?」 「それだったらそれで、いつも連絡くれるんだけどなぁ」 「仕事が忙し過ぎて連絡する暇ないとかか?」 「だったら良いんだけどねー……」  携帯電話をソファに放って、再びテレビに目をやる。日を跨ぐにはまだ時間はあるが、メシが終わって少しした頃にアメリアの両親が俺の家に迎えに来るのが最近のルーティンだ。だが、いつもの時間帯に現れないばかりか連絡も無い。おじさん、おばさん相当忙しいのだろうか? 二人の分のメシも作っといた方が良いかもしれないな、とぼんやり考えていたその時だ。  インターフォンが鳴った。俺の家にそうそう訪問客が来る事がない。俺の家に来る奴は限られてくる。もしかしたら、おじさんとおばさんが帰ってきたのかなと悠長に考えて玄関のドアを開いた。そこに居たのはゴールデンレトリバーの軍人とドーベルマンの警官だった。軍人はさっき見た軍人と同じだ。 「ここにアメリアが居ないか」  開口一番、ドスの利いた声が響く。予想外の来客に驚きのあまり、即答出来ず立ち尽くしていた。そんな俺を見た軍人と警察は挙動不審と思ったのか、ここにアメリアが居ると確信したんだろうか。靴を履いたまま、人の家に上がり込んできた。 「ジストー! お父さんとお母さん帰ってきたのー……って、えっ……?」  快活なアメリアの声が段々小さくなっていく。おそらく軍人と警察の姿を捉えたんだろう。声からして俺と同じく固まっている事は分かった。そんな俺達にお構いなしにアメリアの元に寄っていく。 「貴様がアメリアだな」  再びドスの利いた声が響く。その声に我に返る。急いでアメリアの元に駆け寄ってアメリアの前に遮るように立つ。 「人の家に勝手に上がり込んで何なんだよお前らは……!」 「アメリア、貴様の親は我等が捕らえている。何故か分かるか?」  俺の言葉を無視して、そう言葉を紡ぐ軍人。その一言は俺達が動揺するのに充分だった。 「えっ……?」 「おい、何でおじさんとおばさんが……」 「貴様の親は取材の為だとかで他種族との交わりを持とうとした反逆者だと判明した。よって、アメリア。貴様も反逆者の疑いが出てる。我等と同行しろ。抵抗してくれるな、場合によっては即刻「処分対象」とみなす」  そう言われるやいなや、俺を払い除けて警官がアメリアに手錠がかける。意味が分からない。  おじさん、おばさんが反逆者? アメリアにも反逆の疑い?  なんと現実味がない。いきなり何なんだよこいつらは。 「おい、そんな無茶苦茶なこと……」  文句を言おうとした矢先、圧をかけられる。  銃、という圧力に。軍人の目はあの時と同じ、感情の込もってない冷たく鋭い目だ。 「庇いたてするなら貴様も反逆者と見なす。これは脅しではない、警告だ」  狂ってやがる。何でこんな事になってる? 一体何したってんだよ。こんな理不尽、遭ってたまるかってんだよ。 「ふざけんなよ……いい加減に」 「待って、ジスト!! 大丈夫だから!!」  怒りが頂点に達しようとした俺と軍人を遮るようにアメリアの声が響く。アメリアの目が潤んでるのが遠目でも分かる。アメリアも意味分からないこの状況だってのに、必死に堪えて言葉を続ける。 「大丈夫、すぐ帰ってくるから!! 「管理」されてるこの世界だよ? あたしのこれまでの行動だって筒抜けだろうし、言いがかりだったって言わせるんだから!」  怖いはずなのに、俺を気遣ってくれてるのか精一杯の笑顔を浮かべてるアメリア。何で、何でそんな顔出来るんだよ……。 「……アメリアに感謝するんだな」  銃を懐にしまい、軍人と警官はアメリアを連れて行った。その時、見えなくなるまでアメリアはずっと笑顔だった。俺はただ呆然と見ている事しか出来なかった。

 どれくらいの時間が経ったのか、夜が更けていた。  俺は連れて行かれるアメリアの前に何も出来なかった。目の前にあった理不尽に抗えず、アメリアが俺を助けてくれた始末。本当に、本当に自分が情けない。 「……こんな事って、ねぇよ……」  アメリアを連れて行ったあいつらが憎い。でも何より、何も出来なかった自分が一番憎い。どうしようもなく、頬が濡れた。  不変の幸せ。少しでもそれでも良いかと思った俺が馬鹿だった。揺らいだからこんな事になった。ふつふつと湧き上がる気持ち。  「7」の呪い、それを断ち切る。  拾い上げた手紙を再び見る。内容を見ると、それが自分に進む道であると思えてならない。もし、アメリアまで失ったら、俺にはもう何もない。生きてたって何の意味もない。だったら、足掻いてみせる。アメリア達家族以外、俺に失うものは何もない。思ったら迷わずすぐに行動できた。

「ちっ……」  翌朝、俺は最低限の荷物を持って手紙に記されてある通りに各種族の領域の境界線の中心に向けて動き始めていた。一筋縄ではいかない事は覚悟していた。いや、していたつもりだった。だが、俺の覚悟はまだまだ甘いものだと思い知らされている。各種族の領域の境界線付近は種族の交わりを断とうとしているのか、大人数の軍人が見張りをしている。軍人達も間違って各種族との交わりが生まれないように各種族ごとにその領域の種族の軍人が配置されている。この見張りを掻い潜ってその中心に行くなんて出来るのか? いや、そもそも厳重な警備が敷かれているその中心に何があるのかも分からないのに、俺はそこに突っ込もうと意気込んでいた訳だが、考えが甘すぎた。 「……どうやって突破するってんだよ、これ」  とりあえず死角となる物陰に隠れてる。風下に居るし、何より自身の匂いを悟られないように自身の匂いを消す細工をしているから気付かれにくいだろう。今はやり過ごせているが、そうしてられるのも時間の問題。見つかったらおそらく「処分対象」となって、俺の人生もアメリア一家に会う事さえ出来ずにフェードアウトするかもな……。同じ場所に二度と帰る事がなかった、それも何を意味するのか今になって不安になっている。抽象的表現に疑いを向けていた俺だったのに、今になってその抽象的表現が故に不安になっていた。抵抗するのにも軍は銃なり短剣なり武器を持ってて、それを使われたら成す術がない。気付かれないように考えていた時だった。  目と口を後ろから伸びた手で覆われた。そのまま後ろに体が引っ張られる。突然の事に驚く暇もない。  何が起きたのか理解するのに頭と体が追いつかないってのはこの事か。抵抗も出来ない。視界を奪われると声も出ないほどの恐怖に陥るって本当なのか、と何処か他人事に思っていた。一瞬とも長い時間とも思えた時間が過ぎて視界が暗闇から晴れてきた。 「動くな、声を出すな」  妙に耳に響く低い声。有無を言わせないような言動。  ああ、俺はここで終わりなのか。結局、何も出来ないままなのか。最期まで情けないな……。  自分の不甲斐なさを悔やみ、死の覚悟を決める事にした。 「勘違いするな、あんたを捕まえに来た訳じゃない。だが、何でこんな危険な場所に居るのか気になったんだ。ここじゃまずいからとりあえず俺に付いて来い」  軍人ではない? 何がどうなっている? 振り返るとそこには男が居た。軍人ではない、武装しているオオタカの鳥族の獣人が。 「えっ……」 「早く」  腕を掴まれたかと思いきや、俺の体はふわっとした感覚に陥る。どうやら抱えられてるようだ。俺もそれなりに重いはずなんだが軽々と……。それなのに速い。あと、背後を突かれた時からそうだったが、何故か鳥族特有の匂いがしない。だから気付けなかった。一体、この鳥族の人は……? どうやって領域を越えてこんな所に? 聞きたい事は山程あったが、今は聞けそうもない。次々と見張りを掻い潜って、いつの間にか境界線のすぐ側まで近づいていた。 「掴まってろよ」 「えっ?」  刹那、落ちるような感覚。否、実際に落ちていた。何が起こっているのか分からない。あまりの出来事に声が出ない。底も見えない。一体何処に向かっているのか分からない。いつの間にか気を失っていた。

 匂いがした。爽やかな柑橘系の香りと、甘く、でもかすかにスモーキーな香りもする。その香りが俺の目を開けさせた。目を開けたら知らない天井が映る。どうやら、ベッドが置かれてるだけの特色のない知らない部屋に居るようだ。まだ頭がはっきりしてなくてどうしてこんな事になってるのか理解していない。 「俺は……」 「起きたか」  その声に驚き、そっちを見ると、あのオオタカの鳥族の獣人が居た。さっきは武装していたが今は取り外しているようだ。部屋着のようなタンクトップに長ズボンの軽い格好だ。 「えっと……」 「ああ、驚かせて悪い。俺はテム。あんたの名前は?」 「……ジスト」 「ジストか。まずはこれでも飲んでくれ」  この鳥族の男、テムから促されたのは綺麗な色の紅茶。さっきの香りの出どころはこれか。とりあえずそれに手をつけて口に含む。香りと同じく柑橘系特有の甘味と酸味が交互に来て気分を落ち着かせるのには丁度良かった。 「ありがとう……ございます」 「ジスト、どうしてあんな所に居たんだ? 何も分からずに居た訳ではなさそうだが?」  テムは訝しそうな顔で俺を見る。俺は持っていた手紙をテムに見せる。 「……これを持ってた人が居て、境界線の中心に何かあるのかと思って……」 「この手紙……まさか……」  テムは手紙を見てからというもの目を大きく見開いている。少なからず何か知ってそうな雰囲気だがただごとではなさそうだ。まぁ、手紙の端に血糊もあるしな。 「ジスト……この手紙を持っていたのは、妖族の狐の獣人じゃなかったか?」 「あ……そう、です」 「そいつは今……何処に居るか分かるか?」 「……っ!」  あの光景を思い出す。少しは落ち着いて受け止められてるかと思ってたが、やっぱショックが大きくて、まだ全部受け止め切れてなかったんだろうな。途端、気持ち悪くなっていた。 「ジスト……?」 「その人は……犬族の軍人に……銃、で……。それで、俺が……その手紙を……」 「……そうだったのか。ジスト、すまない」  深々と頭を下げるテム。謝られる道理なんてないのに。 「い、いや、俺こそ……何も、出来なくて……」  テムの体が少し震えてるのが分かる。そして、その頬を濡らすものの匂いも。俺は何も言えなかった。この静寂がしばらく続く。

 少し気持ちを落ち着かせる事も出来たのか、声を発したのはテムだった。 「……彼は俺達の仲間だった。その仲間を喪ったのは……惜しい事だ」 「あの……仲間、とは? それに、ここは……」 「ああ、そうだった。ジスト、あんたにもここの事を教えないとな。あんたはどうも同胞だと思えてならない」  スッと立ち上がって部屋から出るよう促しているのか、クイッと手を扉に向ける。俺も倣って立ち上がって扉に手をかける。その先は驚きの光景だった。  一言で言えば、だだっ広い基地の中、とでも言うべきか。地下に作られてるものなのか、薄暗いものだが、最低限の明かりでも見通しは良かった。様々な武器や食料が入ってるのか木箱が積まれている。その周りには人が結構居る。テムが居たから鳥族が居るものかと思ったが、そうじゃなかった。いや、鳥族も居るんだが、他種族の人で溢れていた。犬族、猫族、爬虫類族……そこに居るだけでも多くの他種族の人達がそこに居た。 「これは……?」 「ここは色んな種族が集まって世界に抗っている者達の住まいだ。皆、手紙にあったように「7」の呪いに抗うためにここに居る」 「「7」の呪い……」  すると、俺達に気付いたのか色んな人が自分達に駆け寄ってくる。 「おお、気が付いたんだな!」 「もう大丈夫なのか?」 「何が遭ったのか分かりませんが、ご協力出来る事があればお申し付け下さい」  今までにない他種族との人との出会い。ここにはそれがあった。生きてきた中でこんな事はなかった。あれだけ法によって断たれていた種族間交流はここにあった。 「あ、あの……大丈夫なんですか? 「管理」されてるこの世界で、こんな事……」 「ああ、ここは大昔に世界に打ち捨てられた場所。世界の管理外の場所だから、つけられる心配もない」  そう言って、持ってる手紙のバツの印の所を指差す。どうやら、その場所に自分達が今居る場所のようだ。  それからというもの。そこに居る人達に色んな質問攻めされていたが、テムが制してくれたのもあって、その場から離れられて、今はテムの後に続いて、とある部屋に案内されているところだ。 「会って欲しい人が居る」 「会って欲しい人……?」  向かったのは一番奥の部屋。テムが扉をノックする。 「テムです。入ってもよろしいでしょうか」 「テムか、入ってくれ」 「失礼します」  扉を開いた先に居たのは猫族の獅子の獣人。机には何か広げているみたいでメガネをかけて書物を見ながら調べ物していたようにも見える。こちらに視線を移すと落ち着いた表情でこちらをじっと見ている。テムと俺はその人に近づいていく。 「……報告にあったのはその者か」 「……はい、彼がそうです」 「あの……あなたは……?」 「ああ、失礼した。私はレオ。世界に抗うレジスタンスのリーダーとでも言えば良いかな」 「レジスタンス……?」 「世界が生きる種族の数にしろ、法にしろ、何もかもが「7」に縛られているのは知っているだろう。種族間の交流さえ許されないこの世界は狂っている。我々は同志として集い、世界を「管理」から解放するために日々奮闘している」  それを聞いて確信した。 「あの人も……闘ってたんだ」  手紙をレオに差し出す。あの人の事を思い浮かべると胸が痛い。 「ヴルペが持っていたその手紙をこの人物、ジストが手に取ってここにやって来た次第です」 「ヴルペが……そうだったか」  あの狐の獣人、ヴルペの事をレオもいつ聞いたのかは知らないが耳に入っていたのだろう。冷静を装いながらも何処か揺らいでいたのが分かった。しかし、それを見せぬようにという事なのかの俺の方に向き直る。 「して、ジスト。ヴルペの手紙の事だけではなく、何か目的があるのではないだろうか? 君には確固たる思いがあって危険を冒したのが目を見て分かるよ」  無意識にグッと拳を握りしめていた。俺にはやるべき事がある。 「……小さい頃から一緒で大事な人が、反逆者の疑いがあるとかで軍人達に連れて行かれた。おじさんもおばさんが他種族に関わった可能性があるからってあいつまで……。「管理」されてる世界でも……俺は一緒に居られるならそれでも良いと思ったけど、でも世界はやっぱり狂ってる。あなた達の仲間が軍に理不尽に殺されて、大事な人まで連れて行かれて……。だから、俺もこんな世界をぶっ壊したいと思って手紙を頼りにここに向かっていました」 「君も世界に……そうか」  レオは何かを考え込んだかと思いきや、すぐに俺の方に向いて口を開く。 「ジスト、我々と共に来てくれないだろうか。同志は一人でも居てくれたら心強い」  勧誘だった。その問いかけに俺は迷いなどなかった。 「はい」

「うーん、何か違うような……」 「あっ、何書いてるの? 見せて!」 「あ、ちょ……!」  一人の少女がノートに書き込んでいたところ、もう一人の少女が横からひょいと出てきてそのノートを取り上げる。そのまま彼女はノートに書いてある内容を読み始める。ノートに書き込んでいた少女は慌ててノートを取り返した。 「あ、愛華……ち、ちょっと、まだ読まないでよ……!」 「それ今度の文化祭の時に出す文芸誌に載せる物語?」 「そ、そうだけど……」 「初作品だっけ? 清書じゃないけど、舞の処女作を一足早く見ちゃって得しちゃったなー」  ニッと楽しそうに笑う少女、愛華。それに対して恥ずかしそうに俯く少女、舞。 「ち、ちょっと……処女作なんてやめてってば……! あ、でも、プロットまとめてからペン進めてみたんだけど、何処か納得いかないっていうか……。なんか物語の展開の仕方が強引かなって思ったり、文章が稚拙かなぁって思って……」 「プロって訳じゃないんだから気楽にやりなよー! 舞のやりたいように楽しく書くのが良いんだって!」 「そ、そうかな……。ありがとう、愛華……そのままやってみる」  再びペンを進める舞。それを楽しそうに眺める愛華。  人の数だけ物語は創造される。虚構から生まれるものも真実から生まれるものもある。その創造物にどんな思いが込められているのか、何を伝えたいのか、その物語の中に隠されている。物語の創造者、舞が伝えたいものは何なのかは物語が完結した時に分かる事だろう。それが稚拙なものでも、突拍子のないものでも、その作品に込められた作者の思いは決して消える事はないだろう。 「あ、ねぇねぇ! その作品にタイトル付けるとしたらどんなタイトルにするの?」 「あ、うん……一応決めてあるよ」  舞は嬉しそうに話していた。そしてその物語の名前は……

『7』