七五三掛奈々(しめかけなな)っていうのは、あたしの唯一無二のぶっ飛んだ友達だ。 七五三掛なんて縁起の良い名前を携えたこいつは、このあたしに臆せず話しかけて「仲良くしよう」なんて言いやがった女だ。この「あたし」にだ。 小学校の頃から高校2年生の今に至るまでに、キレイな黒髪だったあたしの見た目は、目も痛むくらいの赤色になったし、2ℓのペットボトルさえ持つのがやっとだったあたしのガタイと来たら、米俵くらい何個でも持ち上げられるくらいに立派に育ちやがった。お陰様で皆に怖がられて不良グループとつるむしか無くなっちまったこの「あたし」。 ついこの前、昼休み中に教室で不良連中と一緒にグレてるフリをしていたあたしに声をかけたのは、優等生な委員長様ではなく、酷く奇抜な猫の女だった。
「わたし、名前に七が二つ入っているの! だから、あなたとコンビを組めば七が三つになってとってもラッキーになれるわ! だって七が三つでラッキーセブンって言うものね!」 ……はい? そもそもこいつは誰だ? そしてコンビって何だ? こいつは一体何なんだ? 何であたしにそんなお気楽に話しかけられるんだ? まわりの奴らは少しだって近づこうとしないのに。 「あら? 知らないのかしら? 七って縁起が良いのよ? スロットでは七が三つそろうと良いことがあるって聞いたことはない?」 周りが少しざわついたのが、全身の毛で感じ取れた。どーせあれだろ? 「あの子ったら、あの怖い人に話しかけた上に挑発するようなことを言ったわ!」だろ? ナめんなよ一般女子高生達。あたしはこれくらいじゃ怒らないし何なら話を合わせてこの場を乗り切るくらいのシャコウセイを持ち合わせてるんだからな? 「ああ、知ってるさ。七が縁起が良いっていうのはそれが由来なんだもんな!」 「あら。それは違うらしいわよ。」 ……噛み合わねぇな。 周りから「ひぃっ」とか引きつった声が聞こえた。引きつっているのはあたしの顔だったかも知れないけど。 「わたしとコンビになる人たるもの、このくらいのことは知っておいてもらわないといけないわね……。明日、回答を聞くから、ちゃんと準備しておいてね!」 そう言うと謎の猫の女は自分の席に戻っていった。
「何なんだ? あいつ」 そうつぶやくと、一緒にいた不良グループの豹の女が、やれやれといった調子で答えてくれた。 「あいつはね、シメカケっていうヤバい女」 スッと艶やかな金髪を耳に掛ける動作をしながら、あたしの耳元で囁いてきた。 どうでもいいけど、そういうのはそこら辺の男にでもやってやれ。あたしにするんじゃない。 「いっつも自分の世界で生きてるって感じだし、その世界ってのをあたしらに押しつけてくるのさ。この前なんて隣の男子校のゴリラ番長さんに『あなたって優しいから、わたしのぬいぐるみ騎士団の団長に向いてるわ!』とか言って突撃しに行ってたからね」 それはそれは……。不思議ちゃんってやつか。 「不思議なのは、そんなことしておいて、あいつは痛い目に遭ったことが無いらしいことなのよね~。そこが一番の謎よ」 たしかにな……。 そんな話をしていたら、件の豹女がぽふっとあたしの肩を叩いた。他の不良連中は哀れみの目をあたしに向けてくる。 「あのゴリラ番長さんから無傷で戻ってきたあいつには、あたしたちは関わらないって決めてるのさ……。だから……。うん。ファイトッ♡」 投げキッスして来やがった。そんなもん捨ててやんよ! まったく。 ……しゃーない、とりあえずあいつの話に乗っかってやるか。簡単にひねれそうだけど、この不良連中がこんなに警戒してることだしな。
ガタ
わたしの目の前の机に音を立てて座ったのは、昨日の昼休みに声をかけた七海(ななみ)ちゃんだった。 「あらあら、行儀が悪いわよ?」 周りが静まっている。誰かが呼吸する音くらいしか聞こえない。 「ラッキーセブンっていうのは」 見た目に見合わないお淑やかで少し高めな声で、さえずるように七海ちゃんは話し始める。 「もともとは野球が発祥らしいな。アメリカのある時の試合の7回、ホームランに満たないフライを打ったら奇跡的に追い風が吹いてホームランになって、チームを優勝に導いたジョン・クラーソンが、この奇跡を“lucky seventh”(幸運の7回)って言ったことが由来らしいな」 「……だいせいかいよ! さすがはあたしのコンビになる七海ちゃんね!」 周りの方々はとても驚いてるみたいだった。普段仲良くしている不良グループの方々も、理解が出来ないと言う感じでいる。そして当の本人は「ハンッ」という感じでそっぽを向いてしまっている。
やっぱり、あなたに声をかけて正解だった。
なんなんだあいつは。本当に。 仕方ないから必死で調べてご丁寧に報告してやったらニッコニコ微笑みやがって……。 ――まるであたしならそうすると最初から分かってたみたいに微笑みやがって。 いつもつるんでるあいつらだって、「そんなこと知ってるの!?」みたいな顔で見てきたのに。 なんなんだよホント……、調子狂うんだよ……。
そこから数日は、シメカケからコンビの勧誘をしつこくされてはひたすら逃げる日々だった。休み時間になればすぐにあたしの席に突進してきてニャーニャーと話しかけてくる。コンビってなんだよと聞けば、コンビはコンビだよと返ってくる。だからそれが何なんだよ。
やれやれ今日もまた鬱陶しい日が始まると思って教室に入ってみると、シメカケの姿が無い。出欠を取るときになっても来ない。いつも遅刻に厳しいサメ野郎は「そうか、今日は月初めか」とだけ言って怒りもせずに他の生徒の名前を呼び始めた。 「シメカケは月初め、1日は必ず休むのよ。何でかは知らないけど、先公たちもあいつが休むのを認めてるみたいだし」 へー。 「気になるなら本人に直接聞いてみりゃいいんじゃない? 七海、あいつと仲いいみたいだしさ♡」 別にそんなんじゃねーけどな!! とかいう台詞は墓穴を掘るだけだからそっと飲み込んでおく。
その日は珍しく半ドン(半日で授業が終わる日)だ。いつもならこんな時は不良のあいつらに連れられてテキトーなゲーセンでたむろしたりするけど、今日はそんな気になれなくて、当てもなく帰り道を歩いていた。 その日はよく分かんないけど、そんな気分だった。いつもは自転車でかっ飛ばしてる帰りの道も、降りて歩いてみれば色んなことに気付けた。一軒一軒の家に趣向を凝らしたお庭や装飾があること、電線で鳴いている鳥たち、道ばたに咲いている萩……って、性懲りもなく「あたし」らしくないこと考えてみたり。やめやめ! 「んあ?」 悶々としてたら知らないところに来てしまった……。こんな山道、帰り道にあったっけな……? けどなんだろ、少し心地が良いな……。 ここは、ひんやりしていて、でも暖かい。人のぬくもりみたいな暖かさだ。 登るほどに空気が澄んでいく。突然開けたところに出た。 神社だ。 全然立派じゃない。少しボロい、でも貧相じゃない神社だ。境内で誰かが話している。 巫女……かな。紅白の着物を着て小さな枝みたいなのを持ってる。 あ、こっち気付いた。 「七海ちゃん!?」 「へ?」 ……シメカケだった。 あいつ、ちゃんとした服を着るとちゃんとして見えるんだな。 「な、七海ちゃんどうしたのかな? こんなところに来て」 「散歩してたら知らないうちに来てたわ」 「そうなんだ……」 シメカケは少し怪訝そうな顔でこちらを見てきた。お? 喧嘩か? 「あんた、さっき誰と話してた?」 シメカケはギクッとして全身の毛を逆立てた後、しょんぼりと頭と尻尾を垂れさせた。 「やっぱ見られたよねー。まぁいいや! 七海ちゃんには教えてあげるね」
「わたしはここがお家なの。この格好もコスプレとかじゃ無くて、本当の巫女さんだからなんだよ!」 別に疑ってないんだけど。……まぁ、5割くらいは疑ったかも知れなくもないけど。 「七五三掛の血筋でも能力は無くて、今までの巫女さんって形だけのモノだったんだけど、わたしには 何故か神様と対話ができる能力があったんだよね。それで、わたしの代からこうして月初めには神様と色んなことを話してるの」 へ、へー、そんなことが……。 「七海ちゃんとコンビを組むっていうのは、神様が教えてくれたことなんだよ」 え? 「七海ちゃんは怖い人じゃなくて、本当は心の優しい人なんだよって、神様が」 そうか……。 「でもね、わたしには分かるよ! 神様が言わなくったって、七海ちゃんが優しいって。だって、七海ちゃん悪ぶってても姿勢とかすごくキレイだし、座るときはスカートを抑えるし、スキンケアだって怠らないし……」 わ、わわわわわわ! 恥ずい恥ずい! 「わたし、七海ちゃんとならコンビになれるんだって、神様からの後押しでそう思えたの!」
ふと、ひそひそ声が聞こえた。 ふーん。そうなんだ。
「いやぁ、わたしの感覚ってやっぱり当るんだなーって改めて……」 「そう言うあんたもさ、奇抜なフリして実はかなり慎重でしょ」 七五三掛の顔がみるみる赤くなる。 「へ、は、はぁぁぁ!?」 「だってさ、順序が逆でしょ? あんたがあたしのことを聞きたくて神様にお願いしたんでしょ? それに、急に友達って言うのが不安だから、変な奴のフリをしてコンビだなんて言葉を使ってるんでしょ?」 「何でそれを!?」 「なんか、そう聞こえた」 「えええ!?」 「ほら、化けの皮が剥がれてきてるわよ~?」 「それは七海ちゃんが……!」 「はーいはい」 「ちょっとー!」
七五三掛っていう唯一無二のぶっ飛んだフリが上手い友達がいる。 あたしのことを分かってくれる、幸運な巡り合わせのもとに出会った友達だ。 あたしはこの出会いのおかげで、自分を取り戻せ始めたんだ。