この国では見かけることのないその鮮やかな七色の羽に、僕の目は釘付けになった。  遠い国からの留学生だというその男性、イリスはベニコンゴウインコの男性。その虹色とも形容すべきカラーリングが見事の一言に尽きる。後頭部から胸にかけての赤、背中のオレンジと黄色、そして緑、青緑、青、藍色と続く美しい羽根のグラデーション。どこにいても存在感を放つその鮮やかな色遣いが、染めたのではなく自然に出来たものだとはとても信じられない。  彼はこちらの言葉は上手くなくて、たどたどしい言葉遣いだったが、そんなことはともかくと早速女性たちからの注目を集めていた。皆、あの派手な色合いに興味津々だ。  女性は、といってもひとくくりにするものではなく、結構種族によってまちまちなところがあって、それこそ男性が派手な容姿になりやすい種族の女性が、あの色を気に入っている様子だ。例えば孔雀やキジなんかがいい例だ。彼の派手な見た目は、派手な男を好んできた種族には刺さるのだろう。

 そんな女子たちの壁に阻まれ、今は遠くから見守ることしかできないのがハシボソガラスの僕、グラムだ。これでもかというくらい、目も嘴も翼も足まで真っ黒。鮮やかさとはもっとも無縁なカラーリングだ。  僕ももっと近くで彼を見てみたいと思いながら見守っていてもチャンスはなかなか訪れない。女子たちはがっつき過ぎではないか?   浮かれる女子とは対照的に、イリスはとても困っている様子で目を泳がせている。まだこの国の文化もわからず下手なことも言えないのに発言を強要されるのはさぞや苦痛だろう。見かねた、というわけではないが僕も彼に近づいて聞いてみる。 「ねぇ、質問されてばっかりじゃちょっと疲れるでしょ? ちょっと休まない?」  ずっと男子に話しかけられていなかったイリスは、ようやく男子に話しかけられて相当安心したのか、苦笑いの顔が一気に和らいだ。 「助かります。ちょっと、頭をが疲れて」  イリスは馬鹿正直にそんなことを言う。 「この国のこととか色々聞きたいけれど、みんな私のことばかり聞くんですね。たまには私からも質問したいです」 「だよね。ちょっと休んだらさ、今度は君がみんなに質問してみようよ」  突然割り込んできた僕に、女子のみんなは文句の一つでも言いたげな表情をしているが、安心した表情を見せているイリスを見て、自分勝手に質問攻めをしていたと察したらしい。バツが悪そうに人がはけていき、その場にいるのは僕とイリスの二人だけになった。 「ありがとう、助かった」 「いやいや、なんというか大変そうだなって思ってさ。あー……もう少しゆっくり喋ったほうがいいかな? こっちの言葉もかなり勉強しているみたいだけれど、まだ難しいでしょう?」 「お気遣い助かります。ゆっくりだと嬉しいです」  それが二人の初めての会話だった。

 話を聞いてみれば、彼は祖国に恋人がいるとのことだった。浮気でもいいからという強気な女子も最初こそいたものの、どれだけ押しても彼は暖簾に腕押し。彼を狙う女子は自然と消滅していった。  とはいえ、顔よし体よし、そのうえスポーツにおいてもかなりのもので、さらに彼は性格もよかった。大体のものを食べてもおいしいと言うし、会う人会う人、いいところを見つけてはそれを褒めるような性格だ。そんな性格なものだから彼の周りには、留学生という物珍しさを抜きにしても人が集まる。  だというのに、彼の日常の隣にはなぜかいつも僕がいた。初めての出会いが困っているところを助けたからなのか、何故だか僕は彼に懐かれるようになり、暇があれば一緒に居るのだ。  今日も、放課後に学校の近くの商店街の案内を頼まれてしまい、彼と行動を共にしている。彼を近くで見られるのは嬉しいのだけれど、あまりに鮮やかすぎる彼の隣は、僕にはちょっと眩しすぎた。 「ねぇ、イリス君はさ。僕と一緒に居て、見た目とか気にならないの?」  彼に憧れている僕は、コンプレックスが刺激されて仕方がなく、思わずその劣等感をぶつけてしまう。 「夜に歩くときは、裸にしたらどうなるんだろうと気になりますね」 「いや、そういうことじゃあなくてね」  僕は苦笑して続ける。 「僕がダサいとか、そう思わないの?」 「君がダサい、ですか? 全身黒って格好いいと思いますけれどね? 確かに君と同じハシボソカラスが多いこの地域じゃ、目立たない、かもですが? でも、君が逆に私の国に来たら、多分人気ですよ、真っ黒で格好いいって」 「そういう、ものなのかなぁ」  イリスには悪気はないのだろう。ただ、きっと自分の悩みは彼には伝わっていないのだろうと感じた。こんなことを考えていると、嫌な感情があふれ出して来て止まらない。ふと、物思いにふけっていた意識を現実に戻すと、彼が僕の顔をじっと見ていた。 「君はいつも自信のない顔をしていますね。悩みでもあるますか?」  イリスの率直な言葉に、僕は気まずくて顔を逸らす。 「そんなことないよ……」 「そうですか? 本当のことは、言わないと伝わりませんよ?」  どうやら彼は人を見る目もあるのかもしれない。隠しても勘繰られるだけだな、と観念することにした。 「僕はこの黒い体が嫌いなんだ」 「そうなんですか? 私はその黒、格好いいと思いますけれど?」  褒められてうれしくないわけじゃなかったが、僕は首を横に振る。 「そうじゃないんだ。皆に格好いいとか、好きだと言ってくれる人がいるとかの問題じゃないんだ。僕は花になりたいんだ。鮮やかな、綺麗な花に。君みたいに。誰が僕を好きとかじゃなく、僕が僕を好きじゃないんだ……」 「ふーむ、それは悩ましい問題ですね。羽を染めるとか、アクセサリーとかじゃどうにもならないんですか?」  と、イリスは言う。そう、悩ましい問題なのだ。黒い他人が好きでないだけなら、その人と付き合わないだけでいい。しかし、黒い自分が好きじゃないというのは、一生付きまとう問題なのだ。 「染めるのは、出来なくはないけれど、でも全身を染めるためにはまず脱色しなきゃいけないし、羽が生え変わるごとにそれをしなきゃいけないとなると、お金や時間がいくらあっても足りないかな? 君が羨ましいよ」 「だから君は、私と一緒に歩くことを気にしていたのですね。ダサいかどうかと」 「そう。正直、一緒に歩いていると、ちょっとみじめな気分だった」  自分の考えを見透かされて、イリスにはかなわないなと僕は苦笑する。 「ならば、私は貴方に近寄らないほうがいいのでしょうか? 一緒に居て辛くなりますよね?」 「辛いよ。自分のみじめさが際立つような気がして。でも、僕は君が好きなんだ。同じ男だとか、そんなことが気にならないくらいに、君に惚れている。ちょっと迷惑かもしれないけれど、君に一目惚れしたかもしれない」  言ってしまった。自分はゲイではないつもりだったし、別に彼とセックスしたいと思っているわけでもない。けれど、僕は一目惚れ、なのだ。こんなことを言われて引かれやしないだろうか。 「それは嬉しいですね」  けれど、彼は引くこともなく、屈託なくそう笑うのだ。 「じゃあ私ももっと君を好きになりますから、君ももっと自分を好きになってください」  イリスは僕を大きな翼でぎゅっと抱きしめ、嘴を耳元に近づけたうえでそう言った。 「なにそれ?」 「私にこの国の食べ物をごちそうしてくれた時、私が『美味しい』と言ったら、貴方は『良かった』と言いました。自分の好きなものが、他の人も好きだと、人は安心するんです。私はあなたが好きなので、あなたも自分を好きと言ってください。大丈夫、世の中には黒い薔薇だってあります」  僕はしばし呆然とする。けれど、言葉の意味を頭の中で理解していくと、なんだかすごく恥ずかしいことを真顔で言われてしまったことに気づく。  でも彼にそう言われてしまうと、その気持ちに応えない自分が恥ずかしいと思う。 「頑張るよ」  僕はイリス君の頼みごとにそう答えるのが精いっぱいだった。 「良かった。」  そう言って、イリスはハグを解いた。そのまま見つめ合っていると、周りの人たちの視線が気になって、僕は照れながら目を逸らす。商店街の買い物客が、夕暮れに照らされた僕たちに視線を注いでいた。