どうして連れてきたの?  どうしてそんな目で見るの?  どうして何も与えてくれないの?  どうして……殴ったり蹴ったりするの?

「可愛いー!!」  今日もたくさんの人間がガラス越しにボクを見つめる。色んな人間がボクを見てるけど、その様子は皆同じかな。可愛いと言ってしばらくじっと見てるけどそのまま去っていく。ボクはただ見せられてるだけだよね。そうじゃないんだ。いつか一緒に居てくれる人間が居るのかな? 「ボクはここに居るよ」  そう一声叫ぶ。ふと一人の人間がこちらを見てくる。その人間も確かに明るい顔で見てる人間なのは間違いない。可愛いと言ってくれている。でも、目につくまではボクには見向きもしなかったはずなのに。ボクと同じような他の子だって居たはずなのに。その顔も他の人間とは違う笑顔だ。何だか怖い。ボクは急に怖くなったんだ。叫ぶのを止めたんだ。でも、ガラスの向こうの人間は離れない。そしてその声がボクの耳に入ったんだ。 「この子、私飼います」  その後、ボクが居る場所に居るスタッフって呼ばれている人間がその人間に紙を渡して、その人間はそれに何やら書いている。それが終わったらスタッフに紙を返してお金っていう人間には必要なものをスタッフに渡していた。 「保険内容や飼育における契約書のご記入、お支払いありがとうございます。では、続いてお客様が飼育を開始されるまでのスケジュールや注意事項を含めたご説明を行います」  スタッフがそう言って、またお話が始まった。その内容はボクには分からない事が多かったけど、分かったのはしばらくしたらあの人間と一緒になる事とここからお別れする事。確かにボクはいつか一緒に居てくれる人間が来ないかなって思ってたけど、何だかこの人間じゃないって思ってしまう。何でだろう、何でか分からない。でも、ボクが思っていた事が本当になるんだから喜ぶ所だよね。

 そうして、しばらくの間、ボクの体がおかしくないか医者って人間に診てもらってたんだ。何も悪い所はないって。だから、ボクはあの人間の所に行く事になったんだ。ボクを飼うと言った人間が住んでいる家は大きかった。ボクが色んな所を走り回っても大丈夫だって言ってくれた。初めて見た時に怖かったのは気のせいだったのかな。ボクに優しくしてくれた。いっぱい撫でてくれて、いっぱい遊んでくれて、ちゃんとボクの好きなものも食べさせてくれた。 「ごめんね」  ボクは飛び跳ねて言った。そしたら人間はボクを抱いてくれた。あったかい。 「ありがとう」  そうボクは呟いていた。そしたら、また撫でてくれた。確かにボクは幸せだったんだ。  でも、いつからだろう。 「ねぇねぇ、なんか飽きちゃったんだけど。世話、誰がすんのー?」  その声が始まりだった。ボクを見向きもしなくなった。あれだけ遊んでくれてたのに。撫でてくれてたのに。どうして? 「ねぇねぇ!」  ボクは叫んだ。ボクに気づいて欲しくて。また前みたいに一緒に遊んで欲しくて。 「うるさい!!」  叩かれた。 「痛いよ……」  ボクは呟く。でもそんな声は届かなかった。  それからは食べ物をくれなくなった。遊んでくれなくなった。叩いたり蹴ったりするようになった。体中が痛い。それでもボクは声を出した。 「ねぇ」  ボクを連れてきてくれた時に戻りたくて。何度も。何度も。 「うぜぇんだよ!!」  また蹴られた。もうボクは声も出なくなった。それくらいボクは何も出来なくなった。何だか最近ふわふわしたような感じがする。眠いし、疲れちゃった。次に起きたらボクどうなってるかな……。  ボクはそのまま眠った。

 次に起きたら、ボクは知らない所に居た。真っ白な場所だ。ボクのそばには知らない人間が居た。この人間は誰……? 「良かった、気がついた……」  起きたボクを見た人間は笑っていた。なんか、ボクがあの人間の所に行く前に見た医者って人間に似てるような……。 「もう大丈夫だからね」  そう言ってボクを撫でてくれた。この人間は怖くないのかな……? 撫でてくれた手があったかい。そのあったかさを感じてたら、いつの間にかまたボクは眠っていた。その時にまた大丈夫だよ、って声が聞こえた気がした。

 ボクはこの人間に保護されたんだって。ボクを飼うって言ってた人間の所にはもう戻らなくて良いんだって。でも、ボクどうなるんだろう? 元の所に戻るのかな? でも、そうじゃないならどうなるのかな……? 「僕の所に来ないかい?」  この医者の人間に言われたボクは固まっていた。あったかそうな人間なんだとは思うけど、しばらくしたらまた言われるんじゃないのかな……。 「飽きた」  あの言葉、あの顔……ボクはもう聞きたくない、見たくないよ……!  気づけばボクは震えていた。気づけばボクは唸っていた。どうしようもなく怖かった。また、あんな事になるんじゃないかって。もう嫌だよ……! 「このまま保健所に、というのはあるけど僕は君にもうつらい目に遭わせたくない。それに家族も犬が欲しいと言っていた矢先だったし、君を受け入れてくれている。だから、一緒に居させてくれないかな?」  ホケンジョ……? そのホケンジョっていうのはどんな所? つらい目に遭わせたくない、って何? この人間は本当にボクと一緒に居たいって思ってくれてるのかな……?  目の前の人間はその大きな手でボクの頭を撫でてくれた。やっぱり、あったかい手だった。ボクと一緒に居た前の人間とは違うあったかいがあった。

 それからボクは医者の人間の家に行く事になったんだ。人間の家に入る。前の家は大きい人間しか居なかったけど、この人間の家には小さい人間も居たんだ。 「ねぇねぇ、この子がパパの言ってたワンちゃん!?」  飛び跳ねてる小さい人間の大きい声にびっくりする。びっくりして震える。 「……ワンちゃん、どうしたの?」 「美海」  医者の人間がその小さな人間の目の所に自分の目が合うようにしゃがみながら話している。 「この子はね、前飼っていた人にいじめられてたんだ。叩かれたりしたら痛いよね? この子はそんな怖い思いをしていたんだ。美海はこの子にそんな事したらダメだよ」 「美海、そんなことしないもん! ワンちゃんと遊びたいもん! いっぱい撫でたいもん!」 「この子は一度怖い思いをしてるから、パパやママや美海と仲良くなるのは時間がかかっちゃうかもしれないけど、それでも仲良くなってくれるかい?」 「うん! 美海、ワンちゃんと仲良くなる!!」  ミウって呼ばれる小さい人間がボクを見る。その顔はあったかいお日様みたいにあったかい顔だったんだ。 「仲良くしようね、ワンちゃん!」 「そうだ、名前はどうしようか?」 「ワンちゃんのおなまえー? うーん……」  うんうん唸っている。前に一緒に居た人間はボクを何て呼んでたのかな。もう、分からない。 「あっ!」  ミウは突然声を上げる。ボクはまたびっくりした。 「ワンちゃんのおなまえはー……」

「あれから7年か」 「あら、急にどうしたの?」 「今ではすっかり家族の一員だな」 「そうね」 「ラッキー、散歩行こう!」  ミウがボクを呼んだ。ミウはボクを散歩に連れて行ってくれる。最近はジュケンっていうのがあって忙しそうだけど、散歩はいつもミウと一緒なんだ。ミウ達の家に来てからボクは前の人間の事もあって怖かったけど、ミウはボクと一緒に居てくれたんだ。 「行く!」  ボクは声いっぱいに叫ぶ。ミウと一緒に外に出る。今日もお日様はあったかい。ミウと一緒に居るのがあったかい。ずっと一緒に居るからかな、ボクの足が思ったように動かないし、食べられるものも変わってきてるんだよね。でも、ボクはとってもあったかいんだ。 「ラッキー、今日もいっぱい歩こうね!」 「うん!」

 ボク達、ずっと一緒だよね?  ボク達、ずっとあったかいよね?  ずっと一緒だよ。